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【新進気鋭の研究者Vol.16】無線技術にはまだ大きな可能性がある。第5世代移動通信システムの時代に向け、社会貢献できる研究に少数精鋭で挑む ソフトバンク株式会社_吉野 仁

ソフトバンク株式会社 先端技術開発本部 先端技術研究部
担当部長 博士(工学)
吉野 仁

無線技術にはまだ大きな可能性がある。第5世代移動通信システムの時代に向け、社会貢献できる研究に少数精鋭で挑む

通信インフラと携帯端末の機能を根本から更新し、通信速度の大幅な向上を実現する転換点とその進捗を「世代」と呼ぶ。現在の日本では第4世代(4G)が主流であるが、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を目途に、次世代通信規格「5G」の運用がスタートする予定だ。5Gでは、通信速度の向上が図られると同時に、これまで実現できなかった様々なメリットが盛り込まれるという。5Gは、いったい何を変えるのか――。ソフトバンク先端技術研究部で、移動通信システムの研究開発に取り組む吉野仁担当部長に話を聞いた。

携帯用インフラでなくIоT社会に不可欠な社会インフラに

自動車用の移動通信サービスのためにスタートした1G(1979年~)から現在の4G(2012年~)に至るまで、移動通信の世界で一貫して追求されてきたのは、高速・大容量化である。特に、2G時代とは桁違いの高速データ通信を可能にした3Gの運用以降、携帯電話でのインターネット利用が急増、4Gではさらにその上をいく超高速通信が実現したおかげで、現在では、誰もがほぼストレスなく動画の視聴やゲームコンテンツなどを楽しめるようになった。

スマートフォンなどで音楽や映像コンテンツを楽しんだり、メールを送受信したりするだけなら現行の4Gで十分事足りるようにも思えるが、吉野氏は次のように指摘する。

「5Gは、IоTの普及に不可欠な社会インフラ技術と捉えるべきものです。5Gを携帯電話の進化の延長線上で考えると、その価値を見誤ります」

これからの時代、IоT化の進展によって周囲のあらゆるモノがインターネットに接続していくことで、通信量の急増は不可避だろう。家電や自動車、産業用ドローンはもちろんのこと、遠隔医療や交通インフラの異常検知センサーなど、例を挙げればきりがなく、近い将来、これらがすべて無線を介した通信で相互につながるようになる。その時に本命視されている通信サービス網が5Gなのである。

「4Gとは違って、さらに多様な社会インフラに利用できることが5Gの最大の特徴です。5Gは通信の遅延が少なく、信頼性もすこぶる高いことから、車の自動運転や産業機械の協調制御のための通信など、ひとたびトラブルが発生すると困ってしまうようなアプリケーションの活用に適しています」

5Gの醍醐味はユースケースも含めて検討できるところ

社会インフラとしての利用を見込んだ5Gの3大技術要件は、「高速大容量」「超高信頼・低遅延」「多端末同時接続」である。この3要件のうち、吉野氏とそのチームは、主に「超高信頼・低遅延」を実現する無線技術の応用研究に取り組んでいる。

「要件の一つ、〝高速大容量〞はエンドユーザにもイメージしやすいと思います。例えば、動画が今以上に高画質になるなど、効果がはっきりしていますから。一方、私たちのチームが取り組んでいる〝超高信頼・低遅延〞については、それをどのように活用するかという〝ユースケース〞から考えていかなければなりません。たとえば、各種ロボットの遠隔制御や自動車の自動運転に使われる可能性がある通信です」

4Gまでは、総務省の実証実験で「これだけ速度が出せます」「大容量を送受信できます」といった性能の高さをデモンストレーションするだけで充分だったが、5Gの場合、「どういうことができるのか」「それをどこと組んでやっていくか」を実証しなければならない。技術の応用先まで含めての提案は、技術畑一筋で歩いてきた吉野氏にとっては馴染みの薄い経験だが、「応用も含めて検討できるということは、新鮮でやりがいがある」と前向きに捉えている。そして現在、ソフトバンクは総務省の「5G総合実証試験」に、車の自動運転の分野で参画。吉野氏はそのチームを率いて奮闘を続ける毎日だ。

枯れた技術でも切り口を変えれば新たな価値が生まれる

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5G技術によるトラック隊列走行に取り組むメンバー。
後列右は三上学氏(工学博士)、
前列左は先端技術研究部長の岡廻隆生氏(工学博士)、
後列左は山口良氏(工学博士)

18年3月、吉野氏のチームは、5Gの基地局と大型トラックを使用した「隊列走行」の実証実験を行い、成功を収めた。

隊列走行とは、複数の車両が一定の車間距離を保ちながら縦に並んで走ることを指す。自動運転による隊列走行では、先頭車両のみドライバー(人間)が運転し、後ろに続く車両はすべて自動運転で先頭車を追随するかたちになり、先頭車両を操るドライバーの加減速やハンドル操作などの情報が、後続車両へ迅速に伝えられる仕組みになっている。さらに、後続車の周りの状況を先頭車両のドライバーに映像で伝送することで、安全な隊列走行の実現を目指す。この時のデータ伝送に、5Gが活用されている。

「車の高度な自動運転は、通信に遅延が発生すると使い物になりません。機器間で数ミリ秒以内の遅延にとどめる必要があります。現在の4Gでは、無線区間の遅延は最大で100ミリ秒(0・1秒)程度ですが、5Gでは100分の1、つまり1ミリ秒(0・001秒)まで短縮することが要求されるのです」

4mの車間距離でトラックが縦に隊列を組んで高速道路を時速80kmで走行し、先頭車両がブレーキを踏んだ場合、100ミリ秒の遅延が発生すると、後続のトラックは信号が伝わるまでに2・2mの距離を空走し、それだけ車間距離が詰まることになる。

この遅延を5Gの1ミリ秒に抑えることができれば、後続トラックの空走距離はたった2・2cmで済み、極めて安全な隊列走行が実現できるのだ。そして試験用道路で、吉野氏らのチームはこの実験に成功。技術が確立し商用化されることになれば、物流業界やエネルギー業界に大きなインパクトをもたらすという。

「Eコマースの発展で、物流業界ではドライバー不足と高齢化が深刻化しています。その解決策の一つになりうるのが隊列走行。ドライバー1人で複数のトラックを運行できるため人手不足の解消につながるなど、物流企業の収益構造を抜本的に改善できる可能性があります」

隊列走行では車間距離を詰めて走行できることから、吉野氏は「道路の利用効率が向上し、渋滞緩和にもつながりますし、車間距離が縮まれば後続車の空気抵抗削減による燃費改善も期待でき、CO2削減にも貢献できる」と胸を張る。実際、新エネルギー・産業技術総合開発機構の試算によれば、3台のトラックが時速80kmで隊列走行した場合、車間距離4mで15%、車間距離2mで25%程度の燃費改善効果が見込まれるという。

もっとも、低遅延の実現には成功したものの、それとトレードオフの関係にある〝高信頼〞を証明できなければ、公道で隊列走行の実験を行うことはできない。

高信頼な通信の確保に向けて、吉野氏は現在、信号伝送の部分を担当する三上学氏、アンテナ装置の設計開発を担う山口良氏らのチームメンバーとさらなる改善を重ねている。

「自動車の隊列走行ともなると、当然ながら私たちの独断で話を先に進めることはできません。アンテナの車載などで協力していただいている自動車分野のエンジニアに対して信頼性を証明する必要があります。年内には残ったいくつかの問題をクリアして、19年の早いタイミングで公道実験に踏み切りたいと計画しています」

吉野氏が言うように、5Gによる隊列走行では、自動運転技術開発の専門エンジニアの知見が不可欠だ。両者が協働しなければ、車載アンテナの最適な設置場所や形状を決めることはできない。そのためソフトバンクは、グループ企業のSBドライブ社のほか、自動運転技術ベンチャーの先進モビリティ社などと連携して隊列走行の実験に取り組んでいる。吉野氏にとっては、初めての経験ばかりだ。

「1Gから4Gに至る高速大容量化のプロセスのなかで、無線技術にはこれ以上の進歩は期待できないと言われていました。隊列走行への取り組みを機に、枯れた技術だと思っていた無線を〝低遅延〞という切り口で見てみた時に、工夫できる余地や可能性がたくさん残されていることに気づくことができました。私にとっては非常に有意義な経験でしたね」

食わず嫌いをせず多くの可能性にトライしてほしい

吉野氏は東京理科大学大学院を修了後、88年に日本電信電話に入社。そして92年に、NTT移動通信網(現NTTドコモ)に転籍。主に無線技術の研究に携わった後、「もっと面白いことがやれそうだから」と、ソフトバンクに転職した。

「無線を手がけたのは社会人になってからで、自分から希望して通信の仕事に従事したわけではありません。もともと画像処理を研究したくて電気を専攻しましたが、大学では、突如として自動車に目覚めました(笑)。周囲から『機械系に進んだほうがよかったんじゃないの』とからかわれたことをよく覚えています。その時に培った知識は、現在の隊列走行の実験で、自動車エンジニアの方々と意思疎通を図るうえで大きく役立っていますね」

社会人になって以降は、主に無線信号処理や無線システムを手がけてきた。なかでも、大学で学んだ音声信号処理の技術を無線に応用し、混信した信号を分離して通信の安定を確保する「干渉キャンセル」という技術の研究は、現在の4Gでも一部使われている「MIMO」と呼ばれる超多素子アンテナ技術の先駆けとなった画期的なもの。そして現在、公道での隊列走行の実験に向けて、詰めの作業に入っている。

「振り返ってみて思うのは、自分の本意ではない業務や研究を担当する立場になっても、そこで腐らずに目の前のことを一生懸命にやっていれば、予想しなかった面白い仕事につながる可能性があるということです。私自身、音声信号処理の経験が無線の世界でも大いに生きましたし、隊列走行では好きだった自動車とかかわることができた。この経験から、蓄えてきた知識を信じて応用することが、ほかのエンジニアとの差別化になり、新たな展開を導いてくれるカギになると感じています。若い研究者には、食わず嫌いをせず、ターゲットを狭めることもせず、貪欲に様々な仕事を経験するべきだと伝えたいですね」

His Research Theme
「トラック隊列走行」で物流業界の課題を解決。5Gを活用したデモ実験で様々なメリットを探る
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 上/5G技術を活用したデモ車両による隊列走行の様子。人が乗車した先頭車両に2台の車両が追随。先頭車両には、後続車に搭載したカメラが捉えた周囲の映像がリアルタイムで伝送される 下/(3)のV2N(基地局経由での通信)をはじめ、トラック隊列走行を実現させるため、3種類の通信方式の活用を検討している

ソフトバンクは、総務省の2017年度「5G総合実証試験」に、自動運転分野で参画。グループ会社であるSBドライブ社、自動運転技術ベンチャーの先端モビリティ社と連携して、5G移動通信システムが持つ「超高信頼・低遅延」の無線能力を生かしたトラック隊列走行(先頭車両は人が運転、後続車両は自動運転による走行)の実証実験を、17年12月から茨城県で行っている。

18年3月には、トラック隊列走行のデモンストレーションを実施した。縦に隊列を組んで走行する3台のトラックを28GHz帯の無線通信で接続。遅延を1ミリ秒以内に抑え、後に続く2台のトラックに搭載したカメラの映像を先頭車両へ伝送する“車車間”での高精細映像のリアルタイム伝送に成功している。

隊列走行の技術が確立して商用化に至った暁には、自動運転実現による物流業界の人手不足解消はもちろん、空気抵抗の低減による燃費の改善とCO2削減効果、車間が縮まり道路の効率活用が促進された結果としての渋滞緩和など、物流業界を中心に、様々なメリットがもたらされる。将来的には、5Gによる車両のリアルタイム制御を可能にし、完全自動運転を実現することを見据えている。

よしの・ひとし
1962年、東京都生まれ。88年、東京理科大学大学院工学研究科修士課程修了後、日本電信電話株式会社入社。その後、株式会社NTTドコモ、ドイツテレコムダルムシュタット技術センター客員研究員などを経て、2009年、ソフトバンクモバイル株式会社に入社。17年より現職。東京工業大学にて博士(工学)取得。電子情報通信学会論文賞、日本ITU協会業績賞など受賞多数。IEEE会員。

ソフトバンク株式会社
設立/1981年9月
従業員数/1万7200名(2018年3月末現在)
所在地/東京都港区東新橋1-9-1

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