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【研究者の肖像Vol16-連載②】人的ネットワークがもたらす知恵と力はとても大きい。「研究の未来」を拓くのは、高度なチームワークだと思う 竹内 正弘

人的ネットワークがもたらす知恵と力はとても大きい。
「研究の未来」を拓くのは、高度なチームワークだと思う
北里大学 薬学部 臨床医学(臨床統計学) 教授
ハーバード大学公衆衛生学大学院 生物統計学 教授
スタンフォード大学医学部 医薬・医療機器ラボ 日本拠点長
博士(理学)

新薬の開発や承認において欠かせない臨床統計学。このエキスパートである竹内正弘は、世界的な視野に立ち、長年にわたって業界を牽引してきた。大学入学から通算12年間をアメリカで学び、日本人として唯一、世界の医薬品評価の最前線にある米国食品医薬品局に約8年間在籍。志す道を決めたのも、キャリアをスタートさせたのもアメリカという異色の立脚点を持つ。現在は北里大学をはじめとする活動拠点で、再生医療製品や革新的医薬品の開発支援に取り組み、人材育成にも尽力。培ったネットワーク力と何事にもおもねない精神を〝持ち味〞に、現場を奔走している。

豊富な経験と知見を携えて帰国。幅広い活動を展開する

前述のタックリンの審査において、竹内が新しくFDAに持ち込んだ解析手法は「Laird&Ware model」。開発者であるナン・レアード氏と、くだんの恩師、ジェームズ・ウエア氏の名を冠したものだ。生物統計家であれば誰もが耳にしたことのある解析手法で、現在では医学分野以外でも幅広く用いられている。ウエア教授から直接学んだ〝外国人・竹内〞が、その技術をアメリカの政府機関であるFDAに導入し、広めたという話はユニークだ。

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Laird&Ware modelは、患者内の観測データ間の相関を考慮することができる、非常に効率のいい解析方法です。それまで薬の治療効果というのは、簡単にいえば「最初これだけの熱がありました、薬を飲んだら2日後にはこれだけ下がりました」の差を見て測っていたわけです。僕が勉強した手法は、経時測定を元に熱がどのくらいの速度で下がっていったのか、その変量を表現することで詳細な治療効果を測るもの。統計データが少なくても精度が高く、効率的です。FDAでは初めての解析手法でしたが、タックリンでその有用性が認められ、様々なケースに応用されるようになりました。

その後、抗認知症薬・アリセプトの承認にも携わりました。実は日本の製薬会社が開発したものなんですけど、FDAにはファイザーの薬として持ち込まれました。こういう時は、やはりカチンときますよね。日本でせっかくいい薬を開発しても、海外ブランド名で出さないとトライアルも流通もできないという、日本の立場の弱さに悔しい思いをしたことは多々あります。

もう一つ、逆の意味でよく覚えているのは、HIV治療薬のAZT。開発者である満屋裕明先生がアメリカ国立衛生研究所にいらした頃で、日本人が世界初の薬をFDAに持って来られた。審査会でもお会いしましたが、承認審査の補助をさせてもらったのはうれしかったですね。

ほかにも抗ガン剤など、多様なケースの解析にかかわったこと、またFDAの統計学者たちに解析手法を伝えるセミナーを実施し、統計解析のエキスパートとして認識されたこと、これらの経験は僕の財産になりました。そして、常にニュートラルな立場に立ち、人々や社会に役立つことを開拓していくマインドを培ったように思います。

約20年間を過ごしたアメリカから、北里大学に活動の場を移したのは99年。背景には、立ち上がったICH(医薬品規制調和国際会議)への対応がある。日米EUの複数の組織で運営される会議だが、日本では、生物統計学者が極端に少ないことが問題になっていた。国内外の製薬企業20社で構成されるR&Dヘッドクラブの主力会員から「日本に帰ってこないか」と、助けを求められる格好で竹内は帰国したのである。拠点として北里大学薬学部に臨床統計部門を開設、教授に就任した。

FDAを経験した人間ということで、白羽の矢が立ったのでしょう。帰国後はアメリカと日本の研究環境の違いに戸惑ったりしたけれど、学内外問わずけっこう自由に仕事をさせてもらいましたね。当初の10年間はPMDA(医薬品医療機器総合機構)、厚生労働省の委員としても活動し、その後の大きな仕事としては「グローバル臨床研究拠点整備事業」があります。これは、北里が厚労省から採択を受けた事業で、主に日本における国際共同臨床研究のハブとなる拠点を整備するためのプロジェクト。国内外の様々な医療機関や研究グループ、製薬企業を取り込んだ、まさにオールジャパン体制での活動で、日本の臨床研究を世界にアピールするうえでも重要なものでした。現在は神奈川県庁のご厚意で、国際的に有名な団体として認識されています。

あらゆる活動において武器になっているのは、何といっても国際ネットワークです。これもFDA時代に培った財産。例えば何かの薬品評価をする際、わからないことや知りたいことがあったとします。そういう時、FDAでは世界中の誰と相談をしてもOK。しかるべき研究者や学者に、自分で直接コンタクトを取ることができる。もちろん守秘義務を結ぶなどのルールは厳密にありますが、おかげで、僕は世界中の統計分野の先生方とつながることができました。チームの力というか、いわゆるオープン・イノベーション、その価値を肌で知っているつもりです。

北里に来た翌年、2000年からは毎年「北里・ハーバードシンポジウム」を開催し、国際交流にも努めてきました。教授陣をお招きし、講義やディスカッションを行うもので、最先端の話題に触れる機会は学生にとっても刺激になっているようです。僕がそうであったように、自分の知識や場の枠を超えた幅広い交流は、人材教育においてもすごく重要なことだと思いますね。

ネットワークを生かし、革新的な医薬品の実用化をリードする

活動はさらに広がりを見せる。15年、竹内は「かながわクリニカルリサーチ戦略研究センター(以下KCCR)」のセンター長に就任。川崎市の殿町地区にできた、再生・細胞治療の産業化拠点の中核であるライフイノベーションセンターのKCCRで、革新的な医薬品の実用化促進や人材育成に尽力している。再生・細胞医療や希少疾患への対応は、目下の竹内にとって最大の関心事だという。

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神奈川県知事の黒岩祐治さんから、「医療関係を始めるから県の顧問になってほしい」と突然連絡がありました。「なんで僕?」と思って聞いてみると、これがまた、FDA時代とつながっていました。彼はキャスターとして一時期ワシントンに駐在しており、僕たちはある集まりで同席していたんですよ。本当にご縁ですよね。そこからKCCRが立ち上がり、黒岩さんは「KCCRは好きにやっていい」と言うから(笑)、同じ匂いを持つ人だと思い、好きなようにやらせてもらっています。

僕がやりたいことは、難病の再生医療開発です。難病は患者数が少ないからデータがばらばらで、活用できる前例もほとんどない。日本ではiPS細胞に関する基礎研究が進んでいるものの、製品化、実用化については欧米に比べるとかなり遅れているのが実態です。この分野に強く関心を持つようになったのは、iPS細胞を初めて用いた加齢黄斑変性症治療の臨床試験デザインに携わった時からで、今は、大阪大学の研究グループが開発した骨格筋芽細胞ハートシートの統計解析にかかわっています。先頃やっと、条件付きで臨床研究計画が承認されたところ。

こういった命にかかわる病気や難病の場合、有効成分を含まないプラセボと実薬を使った比較試験を行うことは、患者さんに対する倫理的な問題が出てきます。厚労省は原則的に比較試験を求めるわけですが、心筋シートの場合でいうならば、〝空手術〞がプラセボに当たるわけでしょう。そんなことはあり得ない話です。難問ですが、だからこそ、医療のビッグデータ+AIを駆使して僕はこの領域に挑みたい。いかにして早く、患者さんに新しい薬や治療を提供するか――ということに。

臨床医学研究における統計手法の複雑化、多様化は顕著に進んでいる。その前線に立つ竹内の武器になっているのは、やはり構築してきた世界的なネットワーク。KCCRでは、再生・細胞医療で先行するスタンフォード大学医学部と連携し、共に研究を進めている。必要とあらばどこでも門を叩き、自ら動くのが竹内の流儀だ。

スタンフォードでは数々の先進的な取り組みが行われていて、本当に刺激を受けます。例えば、以前現場に行った時、グーグルとの共同研究を目にする機会があり、それが、画像による皮膚がん診察アルゴリズムの開発でした。その場で扱っていた画像はたかだか500枚くらいでしたが、聞けば、しっかりした研究の仕組みとAIを活用すれば、それで十分なビッグデータになり得るという。ビッグデータといえばその膨大さばかりが強調されるけれど、「大事なのは大きさではなく質」ということを改めて教わったわけです。

また、今も多くの友人がいるFDAで、難病の再生医療において比較試験が本当に必要かどうかを議論するなど、人的ネットワークがもたらす知恵と力はとても大きい。KCCR自体の研究員は5人と小所帯ですが、このネットワークを活用すれば、世界の最先端の現場とコラボでき、革新的な医療の実用化促進はリードできると思っています。そもそもこの領域は、他分野の研究者との共同作業が常。新しいものを世に出していくには、ただ数式を並べているだけでは絶対無理。研究の世界のカギを握っているのは、高度な専門家たちとのチームワークなのです。

あと大切なのは、ハングリー精神と失敗を恐れない気概を持つこと。僕がアメリカで身につけた最大の学びです。今もね、ハーバードにしてもスタンフォードにしても、僕は怒られに行っているようなものなんですよ。体よく褒められても仕方がないでしょう。それって関心がないことの証で「そう、よかったね」で話はおしまい(笑)。逆にいえば怒られたり、意見が違ったりすることが、相手の〝興味の証〞なんですよ。日本は失敗したらダメな国だから、若い研究者や学生も自分の考えを抑えすぎる傾向があるように思います。だから、僕はあえて失敗しろと言いたいですね。必ず伸びる機会になるし、その先にはエキサイティングな瞬間が待っているから。

Profile

biographies01北里大学 薬学部 臨床医学(臨床統計学) 教授
ハーバード大学公衆衛生学大学院 生物統計学 教授
スタンフォード大学医学部 医薬・医療機器ラボ 日本拠点長
博士(理学)
竹内 正弘

1955年4月24日 福井県福井市生まれ
1984年6月 オレゴン大学 理学部数学科卒業
1986年6月 ボストン大学大学院医学部 修士課程(公衆衛生学専攻)修了
1991年11月 ハーバード大学 公衆衛生学大学院 博士課程(生物統計学専攻)修了
   12月 米国食品医薬品局(FDA)入局
1999年4月 北里大学薬学部 臨床統計部門教授(講座開設)
2006年4月 北里大学薬学部 医薬開発部門教授(講座開設/2016年3月まで)
2008年4月 北里大学と北里研究所の統合により現職
2012年11月 ハーバード大学 公衆衛生学大学院 生物統計学教授(現任)
2014年4月 神奈川県非常勤顧問・レギュラトリーサイエンス推進担当(現任)
2015年8月 特定非営利活動法人 先端医療推進機構 特定認定再生医療等委員会
東京 委員長(現任)
2015年9月 かながわクリニカルリサーチ戦略研究センター長(現任)
2016年9月 スタンフォード大学医学部 医薬・医療機器ラボ 日本拠点長(現任)

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