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【大学研究室Vol.30】次世代モビリティを技術面から探究する。「いつでも、誰でも、どこへでも――」実現したいのはそんな自動運転の未来

注目の大学研究室

慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 大前研究室
教授 博士(工学) 大前 学

自動運転のあるべき姿を多角的に模索

今、自動車のテクノロジーは大きな転換期を迎えている。それを象徴するキーワードの一つが、「自動運転」である。自動運転には5つのレベルがあり、レベル5の「完全自動化」の実現には至っていないものの、そう遠くない将来に、運転の完全自動化が実現する、あるいは実現すべきという考えが巷間では支配的になっている。その自動運転の将来像を〝安易〞とし、疑問を呈している人物が、慶應義塾大学の大前学教授だ。

「一般論として、多くの人々は自動車の最終進化形が『完全自動運転車』と考えていますが、そこを目指していくことが本当に正しい道筋なのかどうか、私には確信が持てません」

そう話す大前教授は、1995年から自動運転の研究に携わる、この分野では日本を代表する研究者の一人である。大前教授は、「ひとくちに〝自動運転の研究〞といっても、2つの道筋があります」と説明する。

「まずは、『ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)』をはじめとする、車両を安全に停止させるための制御技術の延長線上にある自動運転技術。もう一つは、昨今大ブームとなっている〝AI〞の技術を自動車に応用した自動運転技術です」

現在では、ドライバーをアシストする自動運転技術と、無人の完全自動運転車の2つが一緒くたに語られており、両者がまとめて自動運転車と呼ばれているような状態だ。大前教授は前者、すなわち車両運動制御技術の延長線上にある自動運転技術の専門家である。

「自動運転の定義が、ドライバーをアシストするもの、つまり安全性を高めるものという考え方に基づいているのであれば、完全自動運転を目指していく方向は正しい道筋だと思います。しかしどちらかといえば、巷間でイメージされている現在の自動運転車は、ビジネスメリットばかりが強調されていて、ユーザーの立場に立っていないものが多い気がしています。安全性を高めたいのではなく、自動運転の『ビジネスがやりたい』という人が多く、技術面でその動きを支えたり担ったりする人材が少ないという印象ですね」

自動車の安全性能は年を追うごとに向上し、現在では、日本の交通事故死者数は年間で約3000人と、一昔前と比べると大幅に改善している。

「それでも約3000人が亡くなっていますし、全世界でいえば、年間約120万人が交通事故死しています。考えてみれば自動車は不思議な工業製品です。誰でも購入・利用できるもので、これほど多数の死傷者を出す機械は、自動車のほかに見当たりません。人の死傷を防ぐ方向に進歩することが自動運転の目指すべき方向性ですが、何をどうすれば安全性が高まるのか、そのポイントはまだわかっていない。完全自動運転が本当に安全かどうか、現在の乗用車並みの速度で完全自動運転車や無人自動運転車を公道で走らせることが本当に正しい道筋なのか、完全な解には至っていないのです」

こうした考えを踏まえながら、大前教授は、自動車制御システムの高度化など、モビリティの可能性を日夜模索している。

ラストワンマイルの成立可能性を検証

大前教授の研究内容は多彩だ。自動車の自動運転・隊列走行・遠隔操縦技術に焦点を当て、その制御・運用手法の提案、制御ソフトウエアの作成、実験車の構築、実車を使った実証・評価などを行い、「いつでも、誰でも、どこへでも」行ける社会の実現を目指している。特に注力しているのが、個人宅から店舗までなどの短い距離を低速で自動走行することを想定した「ラストワンマイル自動運転システム」の研究だ。

「過疎地域での高齢者の移動サポートを目的とした自動運転車なら、乗用車並みの速度は不要。技術的には早期実現が可能ですが、ビジネスモデルとして成立させることが難しいのが現状です。人の移動だけでなく、荷物の宅配や防犯パトロールなどのサービスも併せて請け負えばビジネスとして成立するかなども含め、実証実験で評価・確認を進めています」

そんな大前研究室には、現在24名の研究生が所属。「ガチガチの自動車好きというより、新しい技術に興味を持って志望してくる学生が多い」と大前教授。「そのためか、もちろん自動車メーカーに就職する学生もいますが、通信、コンサルティング、IT、エネルギーなど、学生の進路が幅広いことも、当研究室の特徴ですね」

「目指すのは究極の安全。完全自動運転より、手動の部分を残したほうが結果的に安全性が高まるとわかれば、自動車開発は、人の運転をAIの高い知能がサポートするという方向に進むべき」(大前教授)

注目の研究

大前 学
教授 博士(工学)

おおまえ・まなぶ/東京大学工学部産業機械工学科卒業。大学院に進み、指導教官の勧めにより自動運転車の研究開発に携わる。2000年、東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻博士課程修了後、慶應義塾大学環境情報学部助手。クルマとITを融合させる研究を本格化。13年、同大学大学院政策・メディア研究科教授。

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