HAI技術が煽り運転を防止?
人のように見えるロボットやキャラクターを、アカデミックの世界では「エージェント」と呼ぶ。AIやロボティクスの発展により、SF作品で描かれるような、エージェントが人に交じって生活を送る社会の実現が夢物語ではなくなってきている。そうした社会では、あらゆる場面でエージェントが人を支援すると同時に、エージェントの不得意分野を人がカバーするなど、双方が協調しながら〝共生〞していくことが重要となる。
エージェントが生活空間に入り込んでくると、人との間にインタラクション(相互作用)が生じるため、エージェントの設計の良し悪しが、人の感じる〝快・不快〞に強く影響する。HAI(ヒューマン・エージェント・インタラクション)研究を手がける東京工芸大学の片上大輔教授は、人と共生できる最適な情報システムの研究を続けながら、その実現に必要な要素技術の確立を目指している。
「人にとって心地よいシステムを実現するには、まず〝人を知る〞ことが必要。人を知る、そして人と生活するエージェントには何が必要かを探るという両面からアプローチしています」
片上教授の研究対象は幅広いが、現在は「自動車の同乗者エージェント」「人狼知能」の2つの分野の研究により多くの時間を割いているという。
「同乗者エージェントでは、自動車メーカーと共同で、エージェントを利用して、ドライバーと自動車との間に新しい関係性を構築する研究を進めています」
その一つに、車載エージェントがドライバーに〝話しかける〞システムの研究(コラム参照)がある。具体的には、自動車の故障診断システムなどから取得したデータでドライバーの理解を深めたAIエージェントが、ドライバーのパーソナリティに合わせて安全かつ安心な運転ができるように支援。ドライバーに適切な対話や情報を提供することで、運転快適度の向上を目的にしたシステムだ。
「ドライバーの運転行動が通常時のデータと異なる数値を検出した場合に、例えばAIエージェントが『ドライバーはイライラしている』と判断して、『今日はどうかしましたか?』と状況に応じて声がけするようなシステムを想定しています。その一言によってドライバーの運転行動が改善されれば、社会から交通事故が減るかもしれませんし、昨今、問題となっている〝煽り運転〞の撲滅に貢献できる可能性もあります」
すでに実証実験を進めており、できるだけ早期の実用化を目指しているという。
そして「人狼知能」の研究では、コミュニケーションゲームをプレーするエージェントの開発を通じて、人間の意図を推定したり、見抜いたり、あるいは表情を読み取ったりするAIの実現を目指している。
「ひとくちに人狼知能の研究といっても、発話や動作、視線など様々な研究テーマがあります。私は主に、ジェスチャーや表情など〝ノンバーバル〞な領域のインタラクションの設計に着目した研究を推進しています」
〝雰囲気〞をコントロールする
人と人、人とエージェントが集まる場では、コミュニケーションが生まれ、そのような場では、必ず何がしかの〝雰囲気〞が醸成される。そこに着目した片上教授は、雰囲気の工学的生成の取り組みも進めている。
「人は雰囲気に基づいてコミュニケーションしますから、雰囲気を工学的に議論することはコミュニケーションそのものの解明につながります。人やロボットなど複数の要素が生み出す雰囲気を構成する工学的モデルを解明し、そのコントロールに基づく対話エージェントやシステムの確立を目指したいと考えています」
これらの研究を推進することで、「人間が心地よく暮らせる社会を実現したい」というのが片上教授の願いだ。
「親密さの醸成など、人とエージェントの〝新しい関係性〞の構築に貢献したいと思っています。お互いに信頼し合うなど、これまでできなかったことができるようになると、想像を上回る大きな何かを成し遂げられる可能性があります。しかも、ひとたび技術やシステムが完成すれば、AIや機械は簡単に移植コピーできますから、すぐに世界中で利用してもらうことができる。人とエージェントの研究を通じ、新しい世界の〝設計〞を実現できれば嬉しいですね」
片上 大輔
教授 博士(工学)
かたがみ・だいすけ/2002年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士後期課程修了。その後、同大助手~助教、武蔵工業大学非常勤講師、Hertfordshire大学およびZurich大学客員研究員などを経て、10年に東京工芸大学工学部コンピュータ応用学科准教授。17年、教授。18年、工学部学生部長。
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