世界をリードする、日本発のAI技術
日本のAI開発の現状は、アメリカ、中国に比べて大きく遅れをとっている──。そう指摘されることが多いが、東京工業大学の篠田浩一教授は、「私たちが手がけているプロジェクトの分野は、むしろ世界をリードしていると思います」と語る。
篠田教授は、世に「機械学習」「深層学習(ディープラーニング)」という言葉が誕生する以前から、音声や画像のパターン認識の研究に携わってきた先駆者の一人である。
現在、篠田研究室では、既存の1000分の1のメモリ容量で、1000倍速く深層学習処理を可能とする〝AIプラットフォーム〞の開発に挑んでいる。深層学習は、膨大なデータからパターンを認識し、様々な予測や判断を行う。学習できるデータの種類も、画像、映像、音声、テキストなどと高い汎用性を持つことから、多様な分野で活用できるといわれている。
近年のデータ処理は、クラウド上で行うことが主流となっているが、増える一方のデータをクラウド上ですべて処理することは当然ながら困難だ。例えば、監視カメラやドライブレコーダーなどといった高精度センサーは、データの収集・生成元で処理を行う「エッジコンピューティング」のニーズがどんどん高まっている。
「深層学習の応用を幅広い分野で実現するためには、認識性能を高める優れた学習アルゴリズムの考案はもちろん、より高速・低コストで動作する計算機アーキテクチャの開発の両方が不可欠です。私たちが目指すAIプラットフォームを広く役立ててもらうためには、両者を統合して研究開発をする枠組みと環境が重要となるのです」
そのために篠田教授は、東工大が世界に誇るスーパーコンピュータ「TSUBAME3・0」や産業総合研究所のスパコン「ABCI」を研究に活用している。どちらも省エネ性能では世界トップクラスの実力を持つマシンである。スパコンが持つ大規模処理技術をフルに生かしながら、世界をあっと驚かせる日本発のAIプラットフォームの開発を進めているのだ(コラム参照)。
「〝ドラレコ〞など、小型の車載機器に巨大なニューラルネットワークは搭載できません。しかし、スパコンのコンピュータパワーを駆使して、コンパクトかつ高速なニューラルネットワークモデルを開発することができれば、必要とされるであろう多くのアプリケーションへの適用が可能になります」
篠田研究室は、主にアルゴリズム開発を担当している。ほかに、スパコンの専門家など数名の研究者と役割分担しながら開発にあたっている。
「完成の暁には、このAIプラットフォームをできるだけ多くの方々に使っていただき、様々な社会問題を解決するために役立ててほしいですね」
認知症診断からスマート農業まで
深層学習という一つの技術を軸に、篠田教授は世の中の特定分野に役立ててもらえる研究も多数手がけている。たとえば、認知症の診断だ。
「認知症の診断や治療は、主に医師が患者との会話を通じて行いますが、AIが同じように診断するためには、人の言葉を正確に理解したうえで、そこから症状の特徴を抽出する必要があります。慶應義塾大学の精神医学の専門家と共同で、4秒程度の会話から認知症か否かを識別するAIの開発を進めています。すでに健常者と認知症患者の識別は可能で、今後はより精度を高め、その中間に位置する認知症予備軍の認識を実現したいと思っています」
さらに、農業とAIの融合にも取り組んでいる。
「ドローンに取り付けたAIで画像や映像を解析し、作物の葉っぱ単位で生育状況などをきめ細かくチェックする技術の開発をスタートさせました。うまくいけば、肥料や農薬の散布場所や時期などが最適化できるはずですし、応用範囲はどんどん広がっていくでしょう」
これらの取り組みを通じ、「より効率的かつサスティナブルな〝超スマート社会〞の実現に寄与したい」と話す篠田教授。篠田研究室には、常時25名ほどの学生が在籍。実は日本人学生は少数派で、多国籍な人材が集い、切磋琢磨している。
「アカデミア全体で見ると、いわゆる〝オーバードクター〞の問題は依然として解決していませんが、うちの学生は引く手あまたの状態。むしろ修了・卒業前の引き抜きや青田買いを警戒しなければならないほどです」と、篠田教授は顔を綻ばせた。
篠田浩一
教授 博士(工学)
しのだ・こういち/1989年、東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻修了後、日本電気中央研究所に入社。同社在籍中、ルーセント・テクノロジー社客員研究員を兼務(97~98年)。2001年、東京大学大学院情報理工学系研究科助教授。03年、統計数理研究所予測制御研究系客員助教授(~05年)。同年、東京工業大学大学院情報理工学研究科助教授。13年より現職。
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