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【新進気鋭の研究者Vol.20】多様な社会課題を解決するためのAI開発に活路を見いだす。有益なツールとして進化を継続 中村秀樹

株式会社グリッド 代表取締役 一級建築士
中村秀樹

多様な社会課題を解決するためのAI開発に活路を見いだす。有益なツールとして進化を継続

大手商社、メーカーが続々と提携、出資する期待のAIベンチャーが株式会社グリッドである。AI、ビッグデータ、IoTがバズワードになるなか、それらを取り入れた事業を展開し、注目を集めている。独自のAI開発プラットフォーム「ReNom」の導入を、インフラ業界にいかに進めているのか――代表の中村秀樹氏に聞いた。

阪神淡路大震災で被災。インフラの重要性を痛感し、進路を決めた

株式会社グリッド代表取締役――その隣には「一級建築士」という肩書きが並ぶ。中村氏が最初に志した職業は建築家だった。大学時代はバックパッカーとして世界を巡るかたわら、海外の建築事務所でアルバイトに励み、日本に戻っては作品の個展を開いたこともあった。憧れの建築家へと歩を進めるなか、その進路が大きく変わったのは1995年のことだ。兵庫県に住んでいた中村氏は、阪神淡路大震災で被災。自宅は全壊し、避難所での生活を余儀なくされることになる。

「私自身、1年間にわたってボランティア活動に携わりました。そこで痛感したのは、インフラの大切さです。食料などの援助物資は比較的すぐ届けられますが、電気、ガス、水道は外縁から徐々に復旧が進められるため、すべての地域で元どおりになるまではかなりの時間を要するのです。インフラが寸断された状況で何が起こったか――それは、コミュニティの崩壊です。ちょっとしたことからご近所付き合いがギスギスしたものになり、人々の良好なつながりがなくなってしまった。この衝撃から、私はインフラにかかわる仕事を志向するようになりました。建築物をデザインするより、人の生活に不可欠なものをデザインしていきたい。そう考えるようになったのです」

「インフ ライフ イノベーション」。これは、グリッドが掲げるフィロソフィーだ。社会の基盤が整ってはじめて、人々の安寧な生活が営まれる。そして、そのインフラはイノベーションによって構築され、支えられていくものだ。巨大地震で寸断されたライフライン。震災で揺らいだコミュニティ。瓦礫のなかで立ち尽くした中村氏の思いが、企業理念のベースにある。

太陽光発電の最適化を模索し、AIの活用へ活路を見いだしていく

大学卒業後、中村氏は重電関連の企業へ進んだ。原子力関連やエネルギーに関するプロジェクトに携わった後、都市デザインを手がける企業に転職。そしてその後、出会った有志と2009年に株式会社グリッドを設立する。

設立後、まずフォーカスしたのは太陽光発電事業だ。原点となった震災被災を経て、インフラのなかでも電気の重要性を痛感していたからだ。しかし、太陽光発電のプロダクトは先行の大企業がひしめくレッドオーシャン。そこで、中村氏らは新興ベンチャーとしてニッチを追う。豪雪、強風、そして高所。既存企業がメーカー保証を出したがらないエリアに切り込み、パネルを販売した。「雪をなめるな」という地元の工務店を説得すべく現地に足を運び、新潟や山形など各エリアで異なる雪質を分析。地道にデータを積み重ね、社会インフラ領域で一歩を踏み出していった。泥臭く、体当たりで挑む徹底的な現場主義。意外なことに、そこにはAIビジネスの萌芽があった。

「東日本大震災以降、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーが注目を集め、普及も加速しました。しかし、火力、原子力などの安定的な発電に比べ、天候によって発電量が大きく左右されます。社会的なエネルギー供給源として、このデメリットは無視できません。再生可能エネルギーを安定的なインフラにするため、私たちはAIに活路を見いだしたのです」

電力会社は電気の使用量に応じて発電量を調整し、需給バランスを調整する。しかし、いざこのバランスが崩れると電力供給は不安定になり、時には停電を引き起こすこともある。18年に発生した北海道全域の〝ブラックアウト〞は記憶に新しいところだ。

そこでグリッドはAIの活用で電力ネットワークの最適化を図る。発電量、消費電力量や気象情報などの膨大なデータを収集し、消費電力、電力需給量を予測していく。データを収集して仮説を立て、結果を検証して最適化に近づけていく。そのサイクルを回すためにはAIの活用が必須だと中村氏たちは確信していた。

IoTを活用したエネルギーマネジメントによって小規模な発電設備を束ねていくVPP、交通渋滞の緩和システム、製造業の現場における異常・故障検知の仕組み、さらに画像解析・認識モデルの生成など、グリッドのAI事業は多岐にわたる。その端緒は、中村氏の原点であるインフラ事業でイノベーションをもたらし、社会課題を解決することにあったのだ。

ブラックボックスから開かれた世界を目指しフレームワークを開発

グリッドのAI開発を主導するのは同社の研究開発チームと創業メンバーである曽我部東馬氏。東京大学、電気通信大学に研究室を置き、機械学習、深層学習の開発において先進的な知見をストックしている。しかし、インフラへのAI活用を模索するなか、機械学習の問題点に突き当たった。当初はオープンソースのフレームワークを活用して開発を試みた。しかし、取得した気象データなどを分析し、実際の課題解決に落とし込むためには、既存品知識、活用事例を併せてチュートリアルとして公開。ソースコードも公開し、ユーザーコミュニティも活発化させている。グリッドは、誰でも使えるアプリケーションとしてReNomをブラッシュアップさせていく構えだ。「現在、パートナー企業は10社ほど。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、丸紅などの商社、大手メーカーと組み、AIの開発にReNomを活用していただくプロジェクトを進めています。インフラ業界に携わってきたグリッドはレガシーのある企業の文化を知り、共通言語でビジネスが進められる。そのうえでコア技術があり、先端の知見もある。私たちが提供するAIは大手企業をはじめとし、誰にでもディープラーニングが扱える世界観を目指しています。また、私たちも、商社、メーカーが持つアセット、ネットワークを活用してインフラにテクノロジーを届けられる。いい関係で協業が進められています」

世界一の渋滞大国で人というインフラを構築していくこと

社会インフラのイノベーションを目指すグリッド。その活動は国内にとどまらない。インドネシア・ジャカルタにも拠点を設け、発展著しい国ならではの社会問題解決を支援する。その一つが「渋滞問題」だ。インドネシアは世界一の渋滞国で、救急車が渋滞に巻き込まれて病院にたどり着けずに亡くなる人が年間7000人に及ぶといわれている。そこで、AIによる渋滞解消の仕組みを転用。速度規制を視野に入れ、車両の流入をコントロールすることで渋滞の緩和を目指す。

「私の知人も救急車で運ばれる最中に危険な思いをした経験があります。また、渋滞のなかを往復4時間かけて通勤するスタッフもいます。顔が見えるその人たち、そして家族を笑顔にできないか。そんな思いで社会問題に対峙し、事業に取り組んでいます」

インドネシアでは、学生ら若者たちにReNomを広め、AIを独自に開発できる環境をつくる取り組みも活発だ。大学との提携、セミナーなどをとおしてエコシステムの構築に尽力する。「AIの研究開発は専門チームが主導していきますが、アルゴリズムを開発するよりも、若く志のある若者にAIを広げるのが私の役目。これは、昔からそうでした。手紙を綴ってキーパーソンに訴え、夜の飲みにとことん付き合う。意外に思われますが、現場に足を運び、泥臭く関係を築けるのが私の強みですから(笑)。そしてまた、日本の活路も現場にあります。世界的にAIの開発競争が進むなか、インフラ、こと現場におけるリアルなデータの蓄積、活用では日本にも勝てる余地があります。これまで培ってきたものづくりのノウハウ、暗黙知が現場にはたくさんある。その現場においてAIのスキルが広まり、ReNomが浸透していったら……。世界に誇れるAI活用の仕組みが見えてくるでしょう」

量子コンピュータからその次の世界も見据え不断の開発が続く

太陽光発電、ReNomの開発、大手企業との協業、そしてインドネシアでのエバンジェリスト活動と、中村氏とグリッドの活躍の場は目まぐるしく変化してきた。しかし、95年から灯し続けてきたインフラへの熱い思いは一貫して変わらない。

「今日はReNomについて語りましたが、5年後にお会いしたら、AIとはまったく違うことに取り組んでいるかもしれません」と微笑む中村氏。その言葉どおり、グリッドは量子コンピュータ向けアプリケーションの開発に取り組んでいるという。インフラ分野や製造業、物流からファイナンスに至るまで、さらなるビッグデータが集積していく未来。リアルタイムで処理を進めるうえでは、現在のコンピュータの処理能力にも限界が来るだろう。量子コンピュータの活用、専用アプリケーションの開発は、インフラの改革を目指すグリッドの「次の一手」なのだ。インフラを変革し、山積する社会課題を解決したい――中村氏の思いが、グリッドという運動体を加速させていく。「新しいテクノロジーを取り入れ、新しい価値を常に生み出していかなければ、世の中に必要とはされません。量子コンピュータが汎用化されたら、また次の世界観が見えてくるでしょう。そうなる前に、次を見据えた一手を打ち、シーンの先頭を走っていければと思います」

His Research Theme
AI開発プラットフォーム「∞ReNom」を進化させ、世界中の人々が簡易にAIを使える未来を創出
 

ReNomは、「誰でも簡単にAI開発やデータ解析ができること」「高度なアルゴリズムを自由に組み合わせて使えること」を目指すAI開発プラットフォーム。AIフレームワークではオープンソースのTensorFlowなどが知られているが、運用には高い技術力が必要で、国内でのサポート体制も未整備。活用へのハードルの高さが指摘されてきた。そこで、グリッドは国産のAI開発プラットフォームとしてReNomを開発した。

上記の画像はReNomIMG(画像認識モデル作成アプリケーション)のデモ画面。様々なデータ解析を可能にするディープラーニングフレームワークのほか、解析の手法に応じてReNomTAG(教師データ作成アプリケーション)、ReNomRG(回帰分析モデル作成アプリケーション)、ReNomDP(数値データ・時系列データ前処理アプリケーション)、ReNomTDA(高次元データの特徴を分析するアプリケーション)などの各種アプリケーションを用意している。

ReNomはAI開発に必要なアルゴリズムを備えており、それぞれの課題、ビジネスに合わせた開発ができるのが特徴だ。自社のビジネスに適したAIを比較的容易に開発できるプラットフォームとして評価は高い。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、丸紅、三井物産や富士通など多くのパートナー企業がReNomを活用したAI開発、エンジニア育成などを行っている。

なかむら・ひでき
1971年、兵庫県生まれ。大学で建築を学ぶ。学生時代は、バックパッカーで国内・海外の様々な都市や街を歩き回る。阪神大震災を契機に建築デザインからインフラデザインへと志向が変わり、大学卒業後、重電関連会社に就職する。その後、建築・不動産会社に転職。2009年、株式会社グリッドの創業メンバーとして、太陽光事業で人々の生活を幸せにする様々な事業を世の中に創出していきたいと考え、国内・海外で日々活動中。一級建築士。

株式会社グリッド
設立/2009年10月
従業員数/60名(2019年5月末現在)
所在地/東京都港区北青山3-11-7 Aoビル6階

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