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【新進気鋭の研究者Vol.22】データサイエンティストとして、自社事業の成長発展に貢献しつつ、未来を拓く新技術研究を継続する 脇坂隆之

テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社 技術統括 執行役員 博士(理学)
脇坂隆之

データサイエンティストとして、自社事業の成長発展に貢献しつつ、未来を拓く新技術研究を継続する

ビッグデータの時代、洪水のように押し寄せる膨大なデータを巧みに操るデータサイエンティストは、魔法使いのような存在だ。その重要性が認識されるようになって数年が経ち、彼らを取り巻く状況や求められるスキルに少しずつ変化が訪れようとしている。素粒子物理学の研究者からデータサイエンティストへ、そして現在は、テクノスデータサイエンス・エンジニアリングの執行役員として腕を振るう脇坂隆之氏。一貫して〝見えないものを視る〞ことを追い求めてきた脇坂氏の眼は、今、何を見据えているのか‒‒。

〝世紀の発見〞を目指し米国の物理学研究所で実験に明け暮れる

2012年7月、ビッグニュースが世界を駆け巡った。欧州原子核研究機構(CERN)の実験グループが、「ヒッグス粒子の発見に成功した」と発表したのだ。〝世紀の発見〞を伝える報に接した脇坂氏は、大きな興奮を覚えていた。なぜなら脇坂氏はその数年前まで、アメリカのフェルミ国立加速器研究所において、まさにそのヒッグス粒子の発見を目指して実験に奮闘する日々を送っていたからだ。

「フェルミ国立加速器研究所には2年間在籍し、多くの国籍、人種、出身大学の研究者たちと触れ合いながら、実に刺激的な毎日を送ることができました。ニュースを見て、当時のことを懐かしく思い出しました」

そう振り返る脇坂氏が研究者を志すようになったのは、大学進学を目指して受験勉強に励んでいた時だ。「受験勉強のさなかに、〝物理〞の面白さに目覚めました」と、脇坂氏は述懐する。

「物理学は自然現象を数式で表現する学問です。数式を使えば、未来を予測できるところに面白みを感じたんです」

その後、大学院に進学した脇坂氏は、後期博士課程において、フェルミ国立加速器研究所で加速器を使って粒子同士を衝突させ、未知の素粒子を探し求める実験に従事。その粒子こそが、〝神の粒子〞と呼ばれた当時未発見のヒッグス粒子で、物質に質量をもたらす粒子とされていた。「数式によって存在が予言されており、世界中の研究者が実在することを確実視していました」と、脇坂氏は振り返る。

世紀の発見を狙って、多くの研究者が血眼になって加速器で粒子同士を高速で衝突させる実験を繰り返していた。脇坂氏もその一人だったが、一方で「発見の可能性は低いだろうと冷静に考えている自分もいました」と話す。

「目に見えないヒッグス粒子の姿を捉えるためには高いエネルギーではじき出すことが必要で、当時の実験施設では十分なエネルギーを生み出すことができなかったのです。世界の最小単位である素粒子は肉眼で存在を確認できないだけに、膨大な実験データを集めて統計的な処理を施し、それをもとに有意性を確認する必要があります。世界最高エネルギーを持つCERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は能力も実験数も十分だったからこそ、ヒッグス粒子の発見という快挙にたどり着いたのでしょう」

世紀の発見こそ叶わなかったが、米国で過ごした2年間は充実した日々で、非常に満足しているという。

「実験施設の能力的な問題から、私たちは限られたエネルギー領域での実験しか行うことができませんでした。けれど、その領域でヒッグス粒子は見つからないという結果だけでも一つの前進です。実際、CERNはさらに高いエネルギー領域によってヒッグス粒子を見いだしましたからね。このように、私たちだけではなく、多くの研究者の連続的かつ協力的な努力によって、世紀の発見はなされました。米国では、今につながる得難い経験ができたと思っています」

データを価値に変えるデータサイエンスの世界に飛び込む

ドクターを取得した脇坂氏は、日本のデータサイエンス企業に就職、データサイエンティストとして初めの一歩を踏み出した。

データサイエンティストの仕事はいうまでもなく、企業内など社会に存在するビッグデータを活用し、そこから〝意味〞を見いだし、それを〝価値〞に変えることだ。素粒子物理学と関係が薄い業務に映るが、ビッグデータを集めて処理をする、という意味では、本質的に同じといえる。

「加速器を使った粒子の衝突実験では、〝兆単位〞の巨大なデータが集まります。フェルミ国立加速器研究所では、そのデータから見いだした事象がどの程度〝確からしい〞か、統計学を駆使して分析する作業に従事。求められる基本的な知識やスキルは共通していましたから、データサイエンスの世界にもスムーズに溶け込むことができました」とはいえ、アカデミアとビジネスでは、〝環境〞が大きく異なった。

「ビジネスの世界では、とにかくスピードと結果が求められます。アカデミアでは、数年単位で特定のテーマを追うことが珍しくなく、具体的な結果が出なくても、結果が出ないことも〝一つの成果〞と見なされることがあります。またアカデミアでは研究成果に対して究極の精度が求められますが、ビジネスで求められる成果の精度そのものは意外とあいまいで、グレーな部分が多い。さらに、アカデミアでの研究は自己満足の部分が大きいのに対し、ビジネスの場合、仕事が顧客から良くも悪くもダイレクトに評価されて自分に跳ね返ってくる。自分の仕事が認められる嬉しさという面では、ビジネスが上回っていました」

ビジネスの現場で仕事を始めた脇坂氏は、主に金融とデジタルマーケティングの分野に携わった。その後、「自分がやりたいことができる環境が整い、より自分の力が発揮できると考えた」ことから、創業まもないテクノスデータサイエンス・エンジニアリングに転職し、現在に至っている。

博士号取得者30名以上。研究室のような環境で新技術を追い求める

脇坂氏がテクノスデータサイエンス・エンジニアリングに参画したのは、14年のこと。同社の最大の強みは、約100名の社員のうち、データサイエンティストが7割を占める点にある。データ分析のスペシャリストが多数在籍する国内有数のプロフェッショナル集団であることに加え、コンサルティングとアナリティクス、分析基盤構築をサポートするエンジニアリングなど、全方位のサービスを展開している。また、対象とする業界が幅広いことも大きな特徴の一つだ。

入社以来、脇坂氏はプロジェクトリーダーやマネジャーを務め、製造業、金融業、デジタルマーケティング、HR-Techなど、様々な業界のデータ分析やコンサルティング、AI基盤の構築に従事した。そして19年4月から、同社執行役員を務めている。今後は業務全体、産業界全体を俯瞰し、一歩先、二歩先を見据えて手を打たなければならない立場になったわけだ。

近年はAIによるビッグデータ分析が盛んに行われていることもあり、機械学習やディープラーニングなど、AIに関するスキルも必要不可欠となっている。猫も杓子もディープラーニング、という状況で、競争が激化している現状だ。にもかかわらず、脇坂氏は「それが楽しい」と目を細める。

「新しいことを常にキャッチアップしていくことが求められる職場に身を置いていることから、当社では今年から研究開発に力を入れ始めました。執行役員として事業を取りまとめる任を預かる一方で、ディープラーニングの新技術の研究と開発、そしてビジネスへの応用と展開を検討するプロジェクトチームのリーダーも務めています。ビジネスにつながる何かを見つけなければならない責務を負っているのですが、根っから研究が好きなので、まったく苦になりません。社内に博士号取得者が多く、大学の〝研究室〞のような空気感に満ちていることも好影響を及ぼしているのかもしれません」

広く浅くいくか、狭く深くいくか、それが問題だ

膨大なデータから統計学や機械学習などの知識を駆使し、課題解決への道筋や新しいビジネスの糸口を引き出すデータサイエンス企業とそこで働くデータサイエンティストは、IT企業だけでなくあらゆる産業で引っ張りだこの状態だ。その一方で競合他社との競争が激しいことから、脇坂氏は今後の事業の方向性について、ある決断を迫られているところだ。それを端的に表現すれば、「広く浅くいくか、狭く深くいくか」というものになる。

「当社の特徴の一つは、特定の領域にこだわらず、幅広い業界の仕事をしてきたこと。そのことによって社内に多くの知見がストックされていますが、このスタイルを今後も継続していくのか、それとも特定の領域に対象を絞っていくのか、先々を見据えた検討を開始したところです」

データサイエンス企業に求められているのはビジネスコンサルティング、すなわち顧客の課題を解決することだ。そのため、データ解析が顧客のためになっているか、顧客の本質的な問題を解決したことになっているのか留意する必要があるが、顧客自身が課題を整理できていないケースも多い。

課題の整理の方法を誤ると解決したい問題とは異なる別の問題を解くことになりがちで、それを防ぐために、顧客との認識のズレをできるだけ抑え、解決すべき真の問題は何かを関係者全員で共有する必要がある。したがって、パソコンに向かい、データを睨みながら黙々と仕事をしているイメージがあるデータサイエンティストとはいえ、今後はさらに高度なコミュニケーションスキルと広範なビジネス知識が求められるのだ。

とはいえ、現代は変化のスピードが極端に速い時代だ。新しい知識が爆発的に増加していくため、〝広く浅く〞のスタイルでは、個々のデータサイエンティスト、そしてテクノスデータサイエンス・エンジニアリング自身が変化に対応できなくなる恐れもある。

「広く浅く、のままだと、〝特化型〞のビジネスに対応できなくなる可能性があります。もしかすると、当社を含むデータサイエンス業界は転換期を迎えているのかもしれません。そこで、これまでに蓄積した知見をベースにサービスのプロダクト化を図り、それをパッケージ製品として多くのクライアントに提供するということも考えています。また、特定の業界・業種を対象としたサービスへの注力も。例えば当社では、ディープラーニング技術を活用したAI画像映像解析エンジンを社会インフラ向け劣化検知ソリューションとして提供しています。それを武器の一つとしながら、各種インフラ整備の自動化に特化するなど、業態を転換させる可能性も検討しています」

どの道を選ぶにせよ、同社が求める人材とその構成に変化が訪れることは間違いなさそうだ。

「プロダクト化の推進には、エンジニアの力が不可欠です。従来どおり、データサイエンティストの重要性は変わりませんが、データ分析基盤の構築やAIツールの開発で、エンジニアの力がより重要な役割を果たすようになることは間違いないでしょうね。いずれにしろ、状勢を慎重に見極めて、最適な結論を導き出したいと思っています。私個人の話でいえば、これからも新技術のキャッチアップを継続しながら、ビジネスに転用する活動を続けていきたいですね」

脇坂氏が結論を下すのは、もう間もなくだ。

His Research Theme
電気の命綱である送電線の安全を、AI技術を駆使して効率的に見守る
空撮した画像データからディープラーニングモデルが異常・正常を判定。異常と思われる個所のタグ付けを自動的に行い、明らかな異常値・正常値を自動的に判断する。グレーゾーン判定された部分のみを人間の目視に委ねることで判定の精度を向上、効率化と点検基準のゆらぎの減少に成功した

同社は、東京電力パワーグリッドと共同でAIを活用した送電線診断システムを開発。同システムに、同社の高度な技術力とサポート力が生かされている。

東京電力パワーグリッドが保全している送電線の総延長は約1万4500㎞にのぼる。その健全性の確認に際し、通常は、保守作業員による高倍率スコープを用いた地上からの点検や、鉄塔に昇っての点検を実施していたのだという。

山間部などでは、ヘリコプターが撮影した高倍率のビデオカメラVTRを作業員がスローモーション再生で目視確認して点検していたため、作業に膨大な時間と熟練の技能を要していた。そこで、同社が、マイクロソフトのクラウド「Microsoft Azure」をプラットフォームとするAIを活用した送電線診断システムを開発。同システムは、ヘリコプターが撮影した送電線の映像をディープラーニングで画像解析することによって傷や不具合を検知するというもの。

これにより目視確認作業の自動検知システムへの置き換えを実現。明らかに正常な送電線は人間が確認する必要がなくなり、「通常と異なっていそうだ」とAIが判定したものだけを人間が精査。保守点検員の作業量が激減し、大幅なコスト減と同時に点検品質の向上をもたらした。


わきさか・たかゆき
1980年、大阪府生まれ。2010年、大阪市立大学大学院理学研究科数物専攻後期博士課程修了。博士(理学)取得後、データ分析コンサルティング会社に入社し、需要予測、与信分析業務に従事。14年、テクノスデータサイエンス・エンジニアリング入社。データサイエンティストとして、幅広い業種のデータ分析コンサルティングを手がける。19年4月、執行役員となる。
テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社
設立/2013年10月17日
従業員数/106名(2019年12月1日現在)
所在地/東京都新宿区 西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー27階

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