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【研究者の肖像Vol21】ちょっと“背伸び”をしてみる。日常にチャレンジ精神があれば持てる力は必ず伸びるし、次の世界を拓くことができる 本間 希樹

ちょっと“背伸び”をしてみる。日常にチャレンジ精神があれば
持てる力は必ず伸びるし、次の世界を拓くことができる
自然科学研究機構 国立天文台
水沢VLBI観測所 教授/所長
博士(理学)

オレンジ色のリングに囲まれた漆黒の穴──人類が初めて目にしたブラックホールの姿である。2019年4月、その撮影に成功したというニュースは世紀の発表として世界中を駆け巡った。日本で記者会見に立った本間希樹は、ブラックホールの画像撮影を目指す国際共同研究プロジェクト「EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)」において日本チーム代表を務め、成功に大きく寄与した。電波天文学の世界に踏み込んだのは大学院時代。以来、面白さ、難しさに惹かれ続け、この道一筋に歩んできた。今回の歴史的発見をもってしても、「ようやく入口に立ったところ」。本間は今日も、飽くなき好奇心でもって、宇宙が放つ神秘に挑み続けている。

好きなことや関心事に、深く取り組む。様々に楽しんだ学生時代

米国テキサス州生まれの横浜育ち。本人曰く「アメリカは生後3カ月まで。〝なんちゃって〞帰国子女です(笑)」。親に買ってもらった望遠鏡や、本で見た星雲の写真を介して、小学生の頃から天体への憧れはあった。ただ、天体一色というわけではなく、サッカーや音楽、パソコンなど、自分が好きなことには深く積極的に取り組んできた。

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本取材は、2019年8月25日、岩手県奥州市水沢
星ガ丘町にある国立天文台水沢VLBI観測所で行われた。
口径20mのパラボラアンテナを持つ電波望遠鏡が
この日も稼働していた

自分で考えて、選んで、納得するかしないか。子供の頃からわりと意志は強いほうでした。そういう意味では、中・高6年間を過ごした栄光学園は本当に自由で楽しかったし、性に合っていましたね。進学校でありながら「勉強しろ」だの、何かを強要されることは一切なく、いろんな選択肢の下で「やりたい人はやりなさい」という調子でしたから。自分で興味を持たなければ、そして一歩を踏み出さなければ、何も進まないという感覚は早くから身についたように思います。

ファミコンが大ブームになったのは中学2年の時で、追って流行したのが麻雀。誰かの家に集まってはやりまくっていたから、所属していたサッカー部がゲーム部みたいになって(笑)。あとはパソコンですね。これは兄貴の影響なんですけど、一緒になって没頭したのはプログラミング。CPUに直接命令を与える、いわゆるマシン語を勉強しながらずっと夢中になっていました。今にすれば、早めに仕組みを学んだことはよかった。特にソフトウエアをつくる技術は、どの研究フィールドにおいても必要ですから。今、学生たちに「プログラムはなるべく自分で書くように」と言っているのは僕の経験からで、自分で解析するものは自分で道具もつくったほうが、到達点は早く得られるんですよ。

神奈川県下トップクラスの進学校・栄光学園から東京大学の受験は〝自然な道〞だった。本間は「まずは理工系を広く学ぼう」と理Ⅰを選択、後の進路については教養課程を経て決めようと考えていた。という一方で、大学に入ってからの本間はオーケストラ三昧の日々を過ごしており、「成績的には全然ダメな大学生だった」と振り返る。

たまたま聴いたベートーベンの楽曲に感動してからというもの、楽器をやりたくて、すでにバイオリンを始めていました。大学でオーケストラに入ってからは、もう部活一色。「運動しない体育会」と言われるほど練習は厳しかったけれど、個性的な人が集まっていて、とにかく楽しかった。これも今になってわかることですが、オーケストラって社会の縮図なんですよ。個々にパートがあり、互いに影響し合う利害関係があり、でも最後には一つの世界をつくり上げていく……4年間の活動を通じて鍛えられたこの感覚は、非常に貴重なものとなりました。

というわけで、音楽ばかりやっていたから成績は悪く、3年の進路振り分けでは希望が叶うかどうか、けっこう危なかった。好きな物理系、なかでもスケールの大きな宇宙の研究をしたいと考え、天文学科を希望したのですが、全部で10人しか採らないという狭き門でもありました。結果的には運がよかったのでしょう、下のほうスレスレの成績で滑り込んだという感じです。

師事したのは、銀河天文学や電波天文学などを専門とする祖父江義明先生(現東大名誉教授)。この先生との出会いが僕の行く道を決定づけたのです。もちろん学問にも惹かれましたが、それ以上に魅力的だったのは、先生の研究者としての有り様。いわゆる「楽しくなければ研究じゃない」を実践する方で、何事にも前向き、とにかく生き生きとしている。何かを間違えたり、成果が出なかったりしても、「それを次にどう生かすか」という研究者には絶対的に必要な視点も教わりました。研究で一生食っていくのもいい……そう思わせてくれたロールモデル的な存在であり、先生と出会わなければ今はなかったと思います。

※本文中敬称略

専門領域を生かすべく国立天文台へ。意欲的な研究に挑む

そのまま大学院に進み、本間は祖父江教授の下で研究者への道を歩み始めた。この頃に取り組んでいたのは、国立天文台野辺山(長野県)にある45mの大口径を持つ電波望遠鏡を使っての観測、研究。電波天文学の基礎を学び、知った〝難しさも含めた面白さ〞は、「スケールの大きな研究を」という本間の思いに十分応えるものであった。

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祖父江先生が銀河に関する様々な現象をターゲットにしていたなか、僕は天の川銀河の大きなスケールでの構造に興味を持っていました。回転の様子を測る研究で、天の川の中にある謎の暗黒物質が「どこに」「どれくらい」あるのかを解明するもの。最後には、暗黒物質の正体解明につながるだろうと考え、先生のアドバイスを受けながら基本は一人でやっていました。ドクター論文の一部も、このテーマで仕上げています。

学位を取ったのは1999年。この先はポスドクを何年かやって、どこかの大学で研究者に……と考えていました。「VERA」に予算が付くという噂が流れたのは、まさにそんな時。つまり、新しい宇宙観測プロジェクトが始まると。VERAは銀河系内の暗黒物質の分布など、銀河の謎を探る各種研究を行うもので、僕がやってきたテーマにも直結する。本当に偶然だけれど、学位を取ってすぐに起きた話でしょう、もう運に恵まれたとしかいいようがありません。何といっても〝立ち上げ〞は魅力的でした。それと、僕らの時代からポスドク問題はあったから、パーマネントになる確率が高いのは「こっち」というヨミもあり、国立天文台に入ったのです。VERAに正式に予算が付いたのは99年の秋で、中心地であるここ岩手県の水沢にまだアンテナができていなかった頃。以来20年間、僕は水沢とかかわり続けています。端的にいえば、銀河系の3次元立体地図をつくるプロジェクトです。天体の距離や運動性を測る研究で、その際、最も正確な方法として用いるのが三角測量。地球は太陽の周りを公転しているから、天体の位置は季節によってわずかながら変動する。その測量を正確に行うことで変化を検出し、天体までの距離や大きさを求めるわけです。VERAは、この三角測量で「人類が今までにやったことのない精度で測る」という、かなり挑戦的なプロジェクトとして始まったんですよ。

〝初の成果〞が出たのは2007年。水沢を始め入来(鹿児島県)、石垣島(沖縄県)、そして東京の小笠原に電波望遠鏡が建設されてから5年後のことである。遠隔地にある複数の電波望遠鏡が協力して観測を行うVLBI技術によって、三角測量を用いたものとしては最も遠い天体「オリオン座S269」の計測に成功。その精度と距離は世界最高を記録した。

自分たちでゼロから望遠鏡を共同開発し、観測を積み上げ、データ解析ソフトも書いて……プロジェクトの始まりから8年をかけて到達した成果です。それまで、日本ってVLBI分野ではまだ後進国だったんですけど、この段階で「僕らも世界のトップに立った」という自負が生まれました。1回成功すれば、あとは同じ方法でほかの星もやっていけばいい。前述したように、VERAが目標としているのは銀河系の地図づくりなので、その第一歩として非常にインパクトのある結果を得られたと思っています。

そして翌年、08年にブラックホールの話が出てきます。ある日、うちの研究者がカナダの学会から戻ってくるなり「面白い話があります!」と僕のところに走ってきた。聞けば、アメリカの研究チームが、天の川中心にある巨大ブラックホールの電波がかなり小さい領域から出ていることを突き止めたという。つまり、うんと解像度を上げれば「ブラックホールが見えるかも」という話で、画期的な研究成果でした。で、くだんの研究者が「どうしますか?」と。当然、「僕らもやるしかないでしょう」ですよ(笑)。

その観測はアメリカ3台の電波望遠鏡によるものでしたが、連携する台数を増やせば本当に見えるかもしれない。ブラックホール観測も基本はVERAと同じVLBI技術を使っているから、世界記録を出した僕らには自信があったし、貢献したいと考えたのです。加えて、当時は南米チリにあるアルマ望遠鏡の建設が始まった頃で、5年後、10年後、この分野は明らかに伸びるという点で勝算もあった。時を経ずして、「一緒にやろう」とアメリカに呼びかけました。VERAと同様、これも本当に絶妙な巡り合わせ。前年に成果を出してすぐの話で、タイミングがもっと前後していたら事態は違っていたと思う。幸運でした。ただ、「ここぞ」という場面で手を挙げる、一歩踏み出して行動を起こすことが大事で、そうでなければチャンスはつかめません。

※本文中敬称略

史上初のブラックホール撮影に成功し、さらなる研究を推し進める

日本チームの参加を皮切りに、欧州やアジアなどの研究者も次々と加わり、ブラックホールの画像撮影を目指すプロジェクト・EHTは一気に国際化。最終的には76の研究機関、200名を超える陣容となった。そして10年後、世界8つの天文台を連携させることで、史上初のブラックホール撮像に成功したのである。国力も言葉も考え方も違う複雑なプロジェクトゆえに、過程で様々な困難が伴ったことはいうまでもない。しかしながら本間は、「それが面白いところ」だと言う。

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イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)で撮影
された、銀河M87中心の巨大ブラックホールシャドウ

まさにオーケストラの世界ですよ。時にぶつかっても無益な競争ではなく、協力し合って素晴らしい音楽をつくるような感覚。VLBIも同じで、各国でバラバラにやるより国際協力して大きなものをつくったほうがずっと性能が上がる。お互いがハッピーなのは自明です。僕にとっては、VLBIの一番好きなポイントでもありますね。

日本はいろんな役目を果たしてきましたが、最も大きかったのはデータ解析の部分。世界に先駆けて提案したのは、従来よりもさらに鮮明な画像を出すスパースモデリングという解析技術で、コンピュータや統計学などの専門家にも協力してもらって練り上げました。このゲームは「一番いい写真を撮った人」が勝ち。ならば、データ解析をする時のソフトを開発すればいいと野心的に考え、取りにいったわけです。様々な駆け引きを経て、最終的な発表画像は日本・アメリカ・従来法の3つの解析手法の平均値で完成させました。まあ〝おいしいところ総取り〞は叶わなかったけれど、日本のプレゼンスは確実に上がったと思います。

見えた時、それはもう嬉しかった。ブラックホールの存在が予想されたのは100年前ですが、誰も見たことのない〝奇妙な天体〞がついに姿を現したのですから。驚きとともに「本当にいたんだ!コイツ」という感じ(笑)。まさに、これが科学の醍醐味ですよね。

ブラックホールは間違いなく存在した──ここを入口に、研究は次のステップへと進められている。本間によると、優先的な目標としては、ブラックホールから吹き出ているジェット(プラズマガスの噴流)の観測、さらには、何でも吸い込むブラックホールの様子を動画で捉えることだという。

日韓中の東アジアのVLBIでは、ジェットはすでに観測されているんです。間違いなくブラックホール付近から出ているはずなのですが、今回の観測では感度が足らなかったのか、消えてなくなってしまった。ジェットとブラックホールがどういう関係なのか、残ったこの宿題に取り組むのが一つ。

そしてもう一つは、天の川中心にある射手座Aスターのブラックホール解析。こちらも、今回撮影に成功したおとめ座M87と同様「見えそうな相手」として注目されています。ちゃんと穴を見たいし、かつ今度は動画で捉えたいのです。射手座Aスターは実際には小さいので、一周する時間がわずか5分と短く、コロコロと変わる天体なんですよ。観測ターゲットとしては難しいけれど、逆にものが何周もしている様子を見られたら面白いし、時間軸を付けた動画に向いている。ブラックホールにガスが吸い込まれていく様や、ジェットか何か、明るいものが飛び出してくる動きが引っかかれば、ブラックホールにまつわるダイナミックな姿を描けるのではないかと考えています。

このようなテーマで、5年は楽しめるでしょうね。動画はまだ誰もやったことのない世界なのでホットですし、今後も続いていくEHTプロジェクトでも「これをやりたい」というのが大方の見解です。つまり、すでに競争が始まっている。その解析ソフトの開発も難しいので、今、うちの若手たちが全力を挙げて頑張っているところです。

※本文中敬称略

「人々が持つ好奇心に答えを出すこと」を胸に、夢を追い続ける

さらに先を見据えた時、本間は大きな関心事として「SKA(スクエア・キロメートル・アレイ)」を挙げる。これは、最終的に1㎢の集光面積を持つ世界最大の電波望遠鏡を建設する国際的な試みである。SKAを世界中の望遠鏡と組み合わせて観測する計画が進めば、ここで一つの新たなテーマとして〝宇宙人探し〞が視野に入ってくるという。

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アメリカはすでに宇宙人探しを本気でやっています。ただ、例えば宇宙人が僕らに何かをメッセージしたくて電波を出しているとか、観測可能性に関する仮定にかなり無理が必要な段階で、まだまだ未開拓な領域です。でもSKAの時代になれば、大きな可能性が出てくる。SKAは望遠鏡をたくさん並べてめちゃくちゃ感度の高いものをつくるという発想です。EHTの場合は「視力が一番いいものをつくりましょう」でしたから、そこは方向性が異なっています。

口径15mのアンテナが2000台ぐらい稼働すると、近くの惑星から出ている電波をキャッチできる可能性があります。そうすると、宇宙人が積極的に何かを伝えようとしなくても、僕らと同じような生活を営んでいれば、隣の星のテレビが見られるかもしれない。そういう観測を100個、1000個とやっていけば……宇宙人探しはもはや夢物語や笑い話ではなくなるんですよ。何年先かはわからないけれど、そういう時代が来るのは間違いないでしょう。ワクワクしますよね。

SKAはヨーロッパを中心に動き出していますが、日本もどう参加できるか、今はシナリオを描きながら検討しているところ。SKA計画でもVLBIができるので、そのスペシャリストである僕らにも貢献できることはあると考えています。ブラックホールも宇宙人探しもと、節操がないほどまったく違う分野ですが(笑)、面白いことはいっぱい転がっていますから。できることには何でも挑戦したいんですよ。

15年4月、本間は40代の若さで国立天文台水沢VLBI観測所の所長に就任。研究現場で指揮を執り、教鞭を執り、組織マネジメントにも追われる多忙な日々だ。こと、世界的な注目を集めたブラックホール撮影の発表後は、超がつく過密スケジュール。「本当はもっと現場にいたいのですが、時間を割けなくて寂しい」。

確かに、取材や講演会などスポークスマンとして話す機会が増えましたが、研究に税金を使う身としては、その意義を説明するのは重要な役割だと認識しています。今、ラジオ番組で子供向けの電話相談も担当しているんですけど、僕は子供と話すのが好きなので、これは楽しいですね。ちなみに小学生から多く出る質問は「宇宙の果ては?」「宇宙人はいるの?」、そして「ブラックホールって本当にあるの?」、これが3大質問。今回、その一つは証明できたわけです。小学生に限らず、こういう好奇心って誰しもが大なり小なり持っているでしょう。そこに何かしらの答えを出すのが僕らの仕事。「天文学が世の中の役に立っていますか」と問われれば、僕は「立たない」と言っちゃいますけど、間接的には役立っているはずなのです。だからこそ、国民が応援してくれているのであって、僕らの活動は、すなわち人間の好奇心を満たす活動だと思っているんですよ。

そのためには、チャレンジを続けないといけない。「最近の若い人は」と言い出すともう年なんだけど(笑)、最近見ていると全般的にチャレンジを避ける傾向が強く、やや危機感を覚えています。夢を見ないというか。もちろん、夢だけでは生きていけない世界ではありますが、でも、ちょっとの背伸びはできる。この背伸びが、自分の能力を伸ばす最大の要素なのです。できることだけをやっていたら、絶対に伸びませんから。今の能力に1割、2割の負荷をかける感覚で、手が届く「もうちょっと」を見極めて一歩踏み出せば、世界は広がります。国際プロジェクトを通してみても、日本の学生や研究者は能力的に十分渡り合えるのですから、自信を持って前を向いてほしい。

僕自身も振り返れば、何度か迎えた人生の分岐点において、一歩を踏み出してきたから今があるのです。途中で道を変えてもいいんですよ。ただ、挑戦して変えるのと、挑戦しないで「やめた」は違う。前者なら結果がダメでも納得がいくし、心持ちはハッピーなものです。かつて学生時代に影響を受けた祖父江先生のように、僕も若手にいい背中を見せられるか……頑張らないといけないですね。

※本文中敬称略

Profile

biographies01自然科学研究機構 国立天文台
水沢VLBI観測所 教授/所長 博士(理学)
本間 希樹

1971年 9月 米国テキサス州生まれ
1994年 3月 東京大学 理学部天文学科卒業
1996年 4月 学術振興会特別研究員
1999年 3月 東京大学大学院 理学系研究科天文学専攻 博士課程修了
   4月 国立天文台COE研究員
2000年 9月 国立天文台 助手
2007年 4月 国立天文台 助教(職名変更)
   8月 国立天文台 准教授
2009年10月 マックスプランク電波 天文研究所(ドイツ) 客員研究員
2015年 3月 国立天文台 教授(現職) 総合研究大学院大学 教授(併任)
   4月 4月 国立天文台 水沢VLBI観測所 所長(現職、併任)

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