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【新進気鋭の研究者Vol.19】宇宙エンターテインメント事業を軌道に乗せ、成長させることで、基礎科学の発展に寄与していく 岡島礼奈

株式会社ALE 代表取締役社長
CEO 博士(理学)
岡島礼奈

宇宙エンターテインメント事業を軌道に乗せ、成長させることで、基礎科学の発展に寄与していく

好きな時に、好きな場所で、好きな人と流れ星を。衛星を使って流れ星を人工的につくり出す試みで、「科学を社会につなぎ、宇宙を文化圏にする」をミッションに掲げる宇宙ベンチャー、株式会社ALE(エール)。世界初の人工流れ星事業に挑む同社CEO・岡島礼奈氏は、なぜ流れ星を「つくろう」と考えたのか。話を聞いた。

衛星打ち上げ成功!人工流れ星計画がついに本格始動

見上げる視線のはるか先には、轟音とともに高みに昇っていく一機の美しいロケットの姿があった。

2019年1月18日、鹿児島県にある宇宙航空研究開発機構(以下JAXA)の内之浦宇宙空間観測所から、小型ロケット「イプシロン」4号機が打ち上げられた。真冬の澄んだ青空に白い航跡を残しながら突き進むそのロケットを、発射場近くから万感の思いで見つめる女性がいた。ALE社の岡島礼奈氏である。

「言葉では表現できないほど大きな感動がこみ上げてきました。その一方で、これからが本番だと、気が強く引き締まる思いでしたね」と、岡島氏は打ち上げ当日を振り返る。

イプシロン4号機には、民間企業などが手がけた7基の人工衛星が搭載されていた。その一つ、「ALE-1」は、ALE社が開発した人工衛星の初号機で、直径およそ1㎝の〝粒〞を宇宙に放出して流れ星を人工的につくり出すための超小型衛星である。「流れ星を人工的につくれたら面白いだろうな」。学生時代に思い描いたそのアイデアを具現化するために企業を立ち上げてから約7年。苦闘の末、岡島氏率いる同社は、ようやくこの日を迎えることになった。

宇宙のどこでも法則がブレない物理の不変性に惹かれる

鳥取県で生まれた岡島氏は、会社員の父、専業主婦の母というごく普通の家庭で育ったが、子供の頃から〝研究者〞に憧れていたという。研究者への思いは、中学生の時に世界的ベストセラーとなった『ホーキング、宇宙を語る』を読んだことで決定的となる。

「当時から世の中の様々な事象に興味があり、物理学のほか、宗教や哲学などの本を読み漁っていました。その中で、物理が持つ〝不変性〞に強く惹かれたんです。例えば、〝国〞や〝価値観〞など人に付随するものはどんどん移り変わっていきますが、物理法則は決してブレることがありません。宇宙のどこかに地球外知的生命体が存在したとして、彼らとコミュニケーションする際には、共通言語としておそらく物理や数学が使われるはず。そういった点に魅力を感じ、物理の研究者になりたいと考えるようになりました」

その夢は、実現の一歩手前まで近づく。東京大学に進学した岡島氏は、天文学を専攻。大学院に進み、博士課程を修了したが、「自分は研究者には向いていないと悟った」と述懐する。「周囲の学友たちほど、研究に夢中になれなかったことが大きいですね。私は様々なことに興味がわくタイプ。寝食を忘れるまで、一つのことに没頭することができなかったのです」

その言葉どおり、岡島氏は在学中に、起業を手がけている。大学時代に家庭教師のアルバイトを経験したが、「家庭教師を派遣するほうがたくさん稼げる」との考えから、友人たちと家庭教師の派遣ビジネスを興す。その事業を軌道に乗せることはできなかったが、大学院進学後に、アプリやゲーム開発などを請け負う会社を創業した。岡島氏自身はプログラミングのスキルを持たないため、仕事を回す仕組みづくりとディレクション業務に専念。片手間で運営していたにもかかわらず、気づけば、年商は1億円規模に達していた。

岡島氏を現在の事業に導く、大きな経験をしたのは、大学在学中の01年から02年にかけてのことだ。「しし座流星群」と「ペルセウス座流星群」が地球に接近し、岡島氏は天文学科の友人たちと見物に出かけた。

「物理学への興味から天文学を専攻していたこともあり、私は星座に関する知識がないどころか、星を見に行くことすら初めてでした。実際に見た流れ星はすごく綺麗で感動したのですが、数が少なく発光時間が短いことに落胆しました。4つも5つも立て続けに見られればいいのにと思ったのです」

この時、岡島氏は友人から流星群のメカニズムについてレクチャーを受けた。聞けば、宇宙空間にある数㎜から数㎝程度の塵の粒が地球の大気に飛び込み、激しく衝突することで気化して光を放つという。

「塵が原因なら人工的につくれるのではないかと感じ、『人工でたくさんの流れ星を降らせることができたら面白いし、やってみたいな』と思ったんです。もちろん妄想に近いもので、そのアイデアは心の奥底にしまい込むことになりましたけど」

〝好きなこと〞をするために、11年、ALE社を設立

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博士課程修了後、研究者の道に進むことを断念した岡島氏は、ALE社創設を意識してゴールドマン・サックス証券に入社。戦略投資部で企業投資、事業再建などを担当することに。

「しばらく働いて、貯めた資金を元手に、理系のテーマで実業をしたいなと。その実業で稼いだ資本をもとに、将来的には研究者向けのファンドを創りたいと考えていました。それは、私の指導教官が研究資金集めに奔走している姿を見ていて、研究者が研究環境の整備に労力を割かなければならないことに疑問を感じていたからです。投資銀行に入れば、起業やファンド創設に役立つ知見が得られると期待しました」

しかし、ここで岡島氏は〝転機〞とも呼ぶべき挫折を経験する。「働いてみて、自分は会社員にも向いていないことがわかりました(笑)。とにかくルーティンが苦手で、細かい作業も駄目でした」

そんな矢先、世界を金融危機が襲う。いわゆる「リーマンショック」である。これが金融市場を痛撃し、岡島氏は入社1年で退社を余儀なくされる。その後、友人の誘いで日本企業の新興国進出を支援するコンサルティング会社設立に参加し、会社の仕組みづくりを中心に副社長として辣腕を振るう。その間、結婚して子供を授かるが、時差の関係上、新興国とのやり取りが難しくなってきた。育児に支障が出る懸念があったため、「好きなことをしよう」と11年にALE社を設立し、温めていた人工流れ星事業に本格的に乗り出すことに――32歳の船出だった。

「なんてワンダフルなプロジェクトだ!」世界的権威からエール

ALE社は、「Sky Canvas」というプロジェクトを運営している(コラム参照)。具体的には、人工衛星に流れ星の素材となる特殊な粒を詰め込み、衛星が一定の軌道で地球を周回している間に、オーダーに応じて大気圏にその粒を放出する。天然の流れ星は一瞬で燃え尽きてしまうが、素材と突入速度・角度などを調整した同社の流れ星は、一つひとつが3〜10秒ほど光り輝く。

前例がない試みということもあり、資金調達や人材確保、技術開発などに苦労が予想されたが、岡島氏の熱意やプロジェクトの魅力に引き寄せられ、多くの資金、技術者、協力機関が集まっていった。特に難航したのは、プロジェクトをともに進めているJAXAと安全設計からつくり上げていくことと、要求された技術課題をクリアすることだったという。

「企図して宇宙空間に物質を撒くプロジェクトは、JAXAの立場からすれば『あり得ないミッション』。物質の放出角度を誤れば、ほかの人工衛星に衝突するリスクもあるからです。前代未聞のチャレンジで、技術的難易度も高いため、安全性の確保、特に〝冗長性〞の確保を厳しく求められました」

JAXAとともに、物質を放出する装置などの設計に「2故障許容」を取り入れた。2故障許容とは同設計の機器を3台用意して、2度の故障に備えることを指す。3台の機器が同時に故障する可能性は極めて低いことから、この要件をクリアできれば安全性はほぼパーフェクトに近くなる。技術陣は「絶対にスペースデブリ(宇宙ゴミ)をつくらない方法」について検討を重ねて提案した結果、今の仕組みを完成させる。「JAXAさんはそこから〝仲間〞になってくれました」と顔をほころばす岡島氏。その後、JAXAからの「次のステップは国際理解を得ること」との提案を受け入れ、デブリの国際学会でプロジェクトを発表した。

「退役した衛星やロケットの破片がゴミとして宇宙空間を漂い、人工衛星に衝突する事故も起きるなど、近年スペースデブリの問題が深刻化しています。その対策を話し合う国際学会で『意図的に物質を放出』する行為を発表するわけですから、ある意味大胆ですよね。でも、私たちの試みは国際学会で絶賛されて、デブリ研究の世界的権威からも、『なんてワンダフルなプロジェクトだ!』とエールをもらいました」

土壌を整えたALE社は、人工衛星「ALE-1」の開発に邁進。19年1月、完成したそれは宇宙へと向かった。

来春、瀬戸内地域上空で、人工流れ星を放出する予定

「流れ星がシャワーのように降る光景が見たい」という岡島氏の思いから始まったこのプロジェクトだが、「流れ星の人工生成は、基礎研究への貢献につながる」と岡島氏は言う。

「流れ星が輝く60〜80㎞上空の高層大気は、気球を飛ばすには高すぎ、人工衛星では低すぎて観測できません。いわば〝科学の空白地域〞。人工流れ星を発生させて観測すれば、高層大気の研究に役立ちますし、大気との反応から宇宙機の材料設計に関するデータも得られるはずです」

また、流れ星の発生元である小惑星帯の物質の詳細がわかれば、太陽系をひもとくことにもつながり、人類の起源の解明に近づく可能性も考えられる。ほかにも、スペースデブリの拡散防止に役立つ技術やサービスの開発など、来るべき宇宙開拓時代に向けて多くの活用が期待できるはず。「当社の取り組みによって天文学とビジネスをつなぎながら、科学と社会を結びつけることができれば嬉しいですね」と岡島氏。

ALE社では、19年夏に2号機を打ち上げる計画を進めている。初号機は1年がかりで高度を下げ、20年春には2機のうち1機を使用して人工流れ星の初実験を行う。この時、広島市を中心に半径100㎞圏程度の瀬戸内広域で流れ星を見ることができるという。多くの人が夜空を見上げるその日に向けて、「ALE-1」は今この瞬間も地球上空を元気に周回している。

His Research Theme
2019年1月、人工衛星初号機の打ち上げに成功!人工流れ星が、来年春頃、日本上空で見られる予定
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 上/ALE-1は縦横60㎝、高さ80㎝の超小型衛星で、重さは約68kg。意図しない場所への流れ星の放出を防ぐために、人工衛星の姿勢を計測するセンサーを3台搭載し、1つでも異常を示した場合は流れ星放出ミッションを実施しない厳重な安全対策を採用 下/ALE-1はJAXAの「革新的衛星技術実証1号機」の衛星の一つとしてイプシロン4号機に搭載され、打ち上げられた。写真提供/JAXA

人工衛星初号機「ALE-1」には、金属などを合成した400個の流れ星の素となる“粒”が積み込まれている。これから約1年かけて、地上500kmの高さから周回軌道の400kmまで高度を下げていく予定。その高度から粒を放出すると、地球を5分の1周ほど飛んで大気圏に突入し、高度80㎞程度から燃え始め、高度60㎞ほどで燃え尽きる。地上で、それを流れ星として見ることができるという仕組みだ。一度に5~20粒放出可能。空になるまで「流れ星ショー」を複数回開催できる。

ALE社では、衛星の周回などを計算することにより、放出可能な日時と見られる場所の範囲候補を弾き出せる。将来的には人工衛星を増やし、顧客が見たい日時と場所に応えるオンデマンドでの提供も可能になる。

人工流れ星は、選択した場所を中心に半径100km程度の範囲で視認可能で、衛星の周回軌道のタイミングさえ合致すれば、日本だけでなく世界中どこでも見る場所を指定できるのだという。

当初は政府機関や法人などの利用を想定しているほか、特殊素材の合成による炎色反応を生かして流れ星に色を付けることも可能なため、プロモーションやスポーツイベント、フェスティバルなど幅広い用途での利用を見込んでいる。すでに、世界中から問い合わせが相次いでいるそうだ。

おかじま・れな

1979年、鳥取県生まれ。東京大学理学部天文学科卒業後、同大学院理学系研究科天文学専攻にて博士号(理学)を取得。在学中に、サイエンスとエンターテインメントの会社を設立。ゲーム、産学連携のサービス等を立ち上げる。JAXA宇宙オープンラボ採択。博士号取得後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部にて、債券投資事業、PE業務等に従事。2009年、新興国ビジネスコンサルティング会社を設立し、取締役。11年9月、株式会社ALE設立。
株式会社ALE
設立/2011年9月1日
従業員数/24名(2019年2月末現在)
所在地/東京都港区赤坂2-21-1 川本ビル2階

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