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【オピニオン】“キラキラした博士”を育成せよ 新潟大学 理事・副学長 川端和重 第17回

【オピニオン】“キラキラした博士”を育成せよ 新潟大学 理事・副学長 川端和重 第17回

テクノロジストオピニオン第17回
新潟大学
理事・副学長 川端和重

構成/南山武志 撮影/内海明啓

“キラキラした博士”を育成せよ

北海道大学大学院理学研究科で博士号を取得後、民間企業の研究所に勤務していた私が、大学に戻ったのは、1994年である。折しもそこで顕在化しつつあったのが、“産めよ増やせよ”のフェーズにあった「ポスドク問題」だ。歪みは明らかだったが、まだ「PDには就職先がないぞ」といったことを大学の中で口にすることが、タブーの時代でもあった。

民間企業にいて、そこに“送られて”くるドクターたちに接し、その育成に大いなる疑問を抱いていた私は、学内で集中砲火を浴びながら、ドクターのキャリアパスの仕組みづくりに奔走を始めた。そうやって2009年4月にできたのが人材育成本部であり、そのなかに「赤い糸会」というドクターコースの学生と企業との交流の場を実現した。その後、全国の大学に徐々に採用されたその仕かけを紹介してみたい。

学生と企業との交流会ならば珍しくはないと思うが、「赤い糸会」は、例えば学生のスペックを「北大のドクター」に限定したところがポイントだ。それだと、企業の側もどんなレベルの人間たちが集まるのか想定できる。試行錯誤の末、参加者は分野指定のない博士学生20人、業界指定のない20社とし、企業には研究職と人事担当者の参加を要請した。そのメンバーで、まずは企業が会社紹介や研究者に対する期待などをスピーチし、次いで学生が自らの研究を発表したり企業と個別交流を行ったりする場を設け、最後に立食パーティ形式でさらに幅広い情報交換を行う。

結果、お互いを深く知ることができるこの会をきっかけにドクターの職場が決まる事例が、着実に増えた。従来の“先生の紹介”とは異なる新たな就職ルートが開かれたのである。

ただし、これは単なるマッチングではない。「赤い糸会」では、例えば地球物理を研究する人間が保険会社の話を聞く。研究に没頭すると視野狭窄に陥りがちだが、彼らはそういう場で、世の中には知らない世界が広がっていることに気づかされる。それが研究にフィードバックされたり、進路選択に幅を持たせたりすることにつながっていく。キーワードは、あくまで“育成”なのだ。同時に、企業が持つ“使えない博士”という古びた固定観念を変え、社会で活躍できる博士を“育成”するための大学教員の意識改革も必須であった。

時は移ろい、昨今は“博士離れ”がキーワードになっている。修士課程から博士課程に進む人間が減り続けている。国際的に見ても博士号取得者の比率は低く、かつ低下傾向にある。グローバル競争のなか、由々しき事態ではあるが、ミクロを探ってみると、現場では意外なところに理由があった。

一般的には博士課程への進学の障害となるのは、就職の不安、奨学金がない、カリキュラムがつまらない――の3点だとされる。しかし、17年に人材育成本部が中心となり日立製作所の協力を仰いで行った調査・分析の結果、それらは表面的な理由であることがわかった。ひと言でいえば、多くの学部・修士学生にアカデミアが博士の良さを伝えることができず、企業に人材を持っていかれているのだ。

結果を踏まえて大学側に提案した方策の一つが、大学4年生や修士課程の就職活動時期に、“キラキラした博士”との交流の機会を持たせることだった。やってみると、学部生の中に博士に憧れる学生がみるみる増えた。

アカデミアが、学生の進学、就職を円滑にし、魅力的なカリキュラムを構築することは当然だ。そのうえで、博士が学生から職業としてどのように見られているかを正確に汲み取り、優秀な人材を獲得するための積極的な対策を実行に移していかねばならないと痛感している。

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Kazushige Kawabata
1985年、北海道大学大学院理学研究科物理学博士課程修了。博士(理学)。同年、出光興産株式会社・中央研究所入所。94年、北海道大学大学院理学研究科助教授。2002年、同大学大学院理学研究科生物科学専攻教授。08年、同大学大学院先端生命科学研究院研究院長。13年、同大学の理事・副学長。18年2月より現職。大学運営における研究戦略、産学・地域連携、人材育成に従事。
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