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【オピニオン】研究者のキャリアを考える。文部科学事務次官 土屋定之 第2回

【オピニオン】研究者のキャリアを考える。文部科学事務次官 土屋定之 第2回

テクノロジストオピニオン第2回
文部科学省 文部科学事務次官 土屋定之

構成/南山武志 撮影/大平晋也

我が国の“未来利益”に貢献する、
優れた研究者の活躍を支援したい

政府は、アベノミクス第2ステージの経済政策の柱に「名目GDP(国内総生産)600兆円達成」を掲げている。現在のGDPは約500兆円。600兆円というのは、文字どおり未知の領域であり、従来の延長線上の努力で到達できる目標ではない。
その実現のためには、生産性の飛躍的向上や、今までになかった技術やサービスを生み出し、それらをベースに、社会全体の生産性を向上させていくことが不可欠になるだろう。
では、未来に向けて、そういう「新たな価値の創造」を担っていくのは、いったい誰なのか? 研究者や技術者だけに限らずイノベーティブな発想のできる素養を持っていたり、柔軟な考え方ができる人材である、と私は考える。そういう人材の養成は、まさに国を挙げて目指すべき喫緊の課題なのである。
ところが、日本の研究、教育の現場にそうした環境が整っているかといえば、残念ながら胸を張れない現状がある。任期付雇用が多いなど、例えば若手研究者の雇用は極めて不安定だ。そうしたことが大きな壁となって、新たな領域に挑戦し、独創的な産業の成果を目指そうと試みる若手研究者は、養成するどころか、むしろ減っているのが現実なのだ。
“不安定な雇用”を余儀なくされる原因の一つは、産学官というセクター間の、人的な流動性の低さにある。それはまた、人を介した“知の移転”を阻害し、世界規模で進む急速な産業構造の変化に対応した研究開発や起業を困難にする“足かせ”にもなっている。“科学技術立国ニッポン”の将来を危うくする、こうした事態をこれ以上、看過するわけにはいかない。構造的な問題の解決に向けた取り組みの一つを紹介したい。

文部科学省は、今年度から「卓越研究員制度」をスタートさせた。ごく簡単にいえば、文科省が毎年、公募した150名程度の若手研究者を卓越研究員候補に選定し、「うちに来てほしい」と手を挙げた全国の国公私立大学、国立研究開発法人、民間企業などでの活躍の機会を提供する制度だ。例えば、ある若手研究者にとって、自分のやりたい研究を安定かつ自立してできるポストがない。それを、その分野の人材を探していたある大学が提供する――というイメージである。各研究機関と個別の研究者で調整の結果、実際に雇用が決まったら、その研究者を卓越研究員に決定し、その機関に対して、一定期間、研究費などの支援を行うことにしている。受け入れ機関にとっては、優秀な人材が確保できるのと同時に、知的な刺激があるなど、お金に代えられない大きなメリットがあるわけだ。
過去の例を見ても、ノーベル賞級の活躍をする人は、30代半ばぐらいで何らかの成果を挙げていることが多い。若い時期に、誰かに言われるのではなく、自らの発想で研究する機会を得る意義は、非常に大きいものがあると考える。
制度が軌道に乗れば、若手研究者が安定かつ自立して研究開発に専念できる環境整備につながっていくはずだ。若手
研究者が日本中の産学官の研究機関をフィールドとして活躍し、新たなキャリアパスが開拓できるのではないか、と期待している。
ちなみに、今年度、若手研究者の受け入れを表明した機関は、300を超えた。新たなことにチャレンジする若手に対するニーズの高さに、大いに手応えを感じているところだ。

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Sadayuki Tsuchiya
1979年、北海道大学大学院環境科学研究科修士課程修了。
科学技術庁入庁後、宇宙開発事業団ロサンゼルス駐在員事務所長、
理化学研究所横浜研究所研究推進部長、文部科学省大臣官房長、
文部科学審議官などを経て、2015年8月より現職。広島県出身。
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