土木の世界にゲームチェンジを
世界的に見ても、コンクリートの3Dプリンティング技術は発展途上にある。オランダや中国では3Dプリントによる橋が開通しているというが、パイロットプロジェクトに留まっており、実用化は先の話。それでも、各国がこの分野の覇権争いに躍起になるのは、土木の世界に一つのゲームチェンジをもたらす技術と目されているからだ。
「新素材などの技術は飛躍的に進歩しているのに、コンクリートの〝施工〞についてはこの150年ほど大きな変化がありません。セメント、水、砂・砂利などを混ぜ、型枠に流し込み、固まったら枠組みを外すという施工法のまま。もし3Dプリンティング技術が実用化すれば、より早く、より低コストで、より安全な施工ができると期待されているのです」
そう語るのは、東京大学大学院でコンクリートの3Dプリンティング技術の研究に注力している大野元寛助教である。これまで追い続けてきたテーマは、持続可能な社会基盤システムの構築だ。学部生時代はコンクリート研究室に所属し、橋梁などコンクリート構造物の寿命予測を、留学したミシガン大学では、低環境負荷・高耐久性コンクリート材料の開発にあたった。
「コンクリートに使われるセメントは、生産時に二酸化炭素を多く排出します。また低環境負荷の素材でも長持ちしなければサスティナブルではありません。そこでジオポリマーという新しいコンクリートを繊維で補強した新材料を開発しました」
帰国後、コンクリート研究室に戻った大野助教。同研究室の石田哲也教授から与えられたのが、現在のテーマだ。「この分野は日本が大きく出遅れています」と大野助教は言う。
「土木の世界では、技術の〝標準〞、つまり世界のスタンダードを握ることが大切です。例えば日本が海外で鉄道をつくろうといっても、その国が採用している国際規格が日本の規格と適合しない場合があります。コンクリートの3Dプリンティング技術はまだまだ新しい分野ですが、今後を見据え、とにかく早く技術的な中核を担いたいと各国は考えています。そのために専用のセンターをつくり、専任教授を40名置くような国もあるぐらいです。それに比べると日本はまだまだ。英語の雑誌論文も下手をすると一本も書かれていないかもしれません。これを何とかしようというわけです」
そんな経緯で世界の動きにキャッチアップする任を負った大野助教。現在は大成建設株式会社との共同研究を進めている。3Dプリンタとコンクリート材料は大成建設が用意したものだが、課題は多い。例えば、3Dプリンタのノズルからコンクリートを出し、積み上げていく途中で崩れてしまうという課題。「ノズルから出す時は柔らかく、しかし積み上げた後は早く固まってほしい。このバランスを達成するのが難しいのです」
この1年間は特に、材料の特性がどう影響するかを予測する研究にあたった。
「技術の〝標準づくり〞にかかわるには相応の発言力がいります。それには研究で成果を挙げ、世界のなかで日本の3Dプリンティング技術が認知される必要がある。まずはそこを目指します。例えば、通常ならコンクリートの芯に入れる鉄筋をどうするのか。入れないと引っ張る力に弱くなってしまいますが、鉄筋を入れる以外の方法はあるのか。こうした壁を革新的な方法で突破したいところです」
本来は日本でこそ求められる技術
一般的に、コンクリートの研究といってもすぐにはイメージがわかないかもしれない。大野助教もそうだった。
「しかし学んでいくうちに奥深い工学分野だなと感じるようになりました。一つの工業プロダクトをつくるよりも多くの人の暮らしにインパクトを与え、社会的な責任を持つ仕事です。また、いかに長く使うかという〝守り〞の研究もありながら、3Dプリンティング技術のような〝攻め〞の研究もできる。非常に幅広く、様々なことを扱える分野だと思っています」
コンクリートの3Dプリンティング技術が日本にもたらす恩恵も大きいという。
「日本には少子高齢化の問題があります。そのなかで、建設産業の従業者数も減ってきている。コンクリートの型枠を一つつくるにも型枠工という熟練工がいるのですが、皆さん高齢ですし、技術を継いでくれる若者も少ない。こうなると、自動化できるところは自動化しながら、工期を短く、安全にということを考えざるを得ないでしょう。本当は、日本のような国にこそ必要な技術だと思います」
大野元寛
助教 博士(工学)
おおの・もとひろ/2011年、東京大学工学部社会基盤学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程に進学。同年9月、村田海外留学奨学金の支援を受け、ミシガン大学大学院へ留学。13年、ミシガン大学大学院修士課程修了後、同大学で研究助手を務めながら、17年、同大学院にて博士(工学)を取得。18年より現職。
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