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【オピニオン】常識を打ち破らない限り“凋落”は続く。世界で“他流試合”を推し進めるべき  政策研究大学院大学 名誉教授 黒川 清 第11回

【オピニオン】常識を打ち破らない限り“凋落”は続く。世界で“他流試合”を推し進めるべき  政策研究大学院大学 名誉教授 黒川 清 第11回

テクノロジストオピニオン第11回
政策研究大学院大学 名誉教授 黒川 清

構成/南山武志 撮影/内海明啓

常識を打ち破らない限り“凋落”は続く。世界で“他流試合”を推し進めるべき

明治維新以降、大学教育の現場では旧態依然の“家元制度”が幅を利かせている――と前回述べた。研究室には教授という“大御所”がいて、若い人間はその弟子だ。彼らは教授の指導よろしくその手足となって研究し、論文を書く。いきおい提出される論文は、教授の下請けの域を出ない。それどころか、多くは教授の業績になる。

師は優秀な弟子ほど身近に置き、外には出したがらない。ポスドクで海外留学に出ても、2~3年での帰国が“約束”された、いわば“紐付き留学”に過ぎない。「新しい技術を持って帰ってこい」といった程度の位置付けでは、本人の得るものは限られる。“Ph.D.”は、研究者の資格を得たこと、ポスドクは“独立”した研究者になるテスト期間なのだ。

こうしたヒエラルキーの頂点にいる家元のことを、私はかつて“四行教授”と命名した。履歴書を拝見すると、例えば“東京大学卒、東大助手、東大助教授、東大教授”の肩書しかないからだ。今は大学院、准教授、数年の海外留学で箔をつけたりして5、6行になるのかもしれないが実態は変わらない。彼らは大学院というさらに狭い“タコつぼ”の中で四行教授を純粋培養し、再生産する。弟子たちは師の顔色をうかがい、跡継ぎ競争に腐心するようになるのだ。

この家元制度のシステムからは、“枠”を外れた斬新な研究は生まれにくい。若くて優秀な研究者が独立すること自体にも、大きな障害になる。それは家元制度に対する“反逆”なのだから。近年の日本の科学技術研究の衰退が、こうした大学教育の現状と無関係であるはずがない。

最近、バイオ分野で「CRISPR-Cas9」という遺伝子改変技術が注目を集めている。ヒトの“設計図”を自在に編集するこの研究にかかわった一人がフェン・チャン氏(’82年生まれ)だ。彼は、ハーバード大学を卒業後、スタンフォード大学のスーパースター、カール・ダイセロス氏(’71年生まれ)とエドワード・ボイデン氏(’79年生まれ・現MIT)の下でPh.D.を取得後、“独立”したフェローとしてブロード研究所、MIT、ハーバード大を中心に活動し、その才能を開花させた。彼のように、学部、大学院、ポスドク、教員の各ステップで、ほかの大学や組織に異動するのは英米では普通のことだ。連続する“他流試合”で、“独立”した若き英才が別の英才と触れ合い、切磋琢磨しながら独創的な何かをつくり出すのである。ちなみに彼は30歳代半ばにしてMIT教授である。

唐突にそんな例を挙げたのは、日本の高等教育が、気づかないうちに古臭いものになってしまったことを、実感してもらいたいからだ。今の日本で“35歳ですでにスター教授”というのがあり得るだろうか?だが、そうしたこれまでの常識を打ち破らない限り、“凋落”は続くに違いない。

まずは“タコつぼ”を壊す必要があるだろう。私の造語に“大学の大相撲化”がある。かつて朝青龍の一人横綱時代、調べてみると全力士の中で10%に満たない外国人は、幕内では30%、三役50%、横綱100%と、上位になるほどその比率が高いことがわかった。持ち前のハングリー精神で必死に努力を重ねた結果であろう。「大学もそれに倣い、一定比率以上の留学生を受け入れるべきだ」というのが提言の趣旨だった。

私がそう主張していたのは、小泉政権時代の2005年4月のことだ。残念ながら、10年以上たっても、状況は変わらない。変わらない以上、同じことを言い続けるしかない。すでに、世界中が“他流試合”を始めているのである。

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Kiyoshi Kurokawa
1962年、東京大学医学部卒業。医学博士。
69~84年在米。UCLA医学部内科教授、東大医学部教授、東海大医学部長ほかを経て現職。
国際科学者連合体の役員などを務め、日本学術会議会長、内閣府総合科学技術会議議員、内閣特別顧問、国会の福島原発事故調査委員会委員長(2011年12月~12年7月)などを歴任。
日本医療政策機構代表理事、グローバルヘルス技術振興基金(GHIT)の代表理事・会長。
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