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【新進気鋭の研究者Vol.10】人工知能は人間の知性を超えるのか?奇跡的にこのタイミングに遭遇できた我々技術者は、とても幸福だと思う 株式会社クロスコンパス・インテリジェンス_佐藤 聡

株式会社クロスコンパス・インテリジェンス
代表取締役社長
佐藤 聡

人工知能は人間の知性を超えるのか?奇跡的にこのタイミングに遭遇できた我々技術者は、とても幸福だと思う

現在、ビジネスの世界は「AIブーム」と呼ぶにふさわしい様相を呈している。突破口を開いたのは、経験に基づき自ら学習できる特徴を持つ「ディープラーニング(深層学習)」技術の急激な進歩だ。日本企業でこの分野に先陣を切って参入したのが、佐藤聡氏率いる株式会社クロスコンパス・インテリジェンスである。2011年の創業以降、同社はディープラーニングの研究・開発を推進し、現在では、誰もが簡単に「学習済みAIネットワーク」の利用や登録、交換ができるサービスの開発にも注力している。佐藤氏が見据える視線の先には、いったい何があるのか。彼が歩んできた道のりと将来のビジョンについて話を聞いた。

バスケとバンドに明け暮れた熱い青春時代

佐藤氏は、1964年に神奈川県横浜市で産声を上げた。高度経済成長により工業化が進む我が国の環境下、理科の実験や機械いじりに熱中する少年時代を過ごす。

「自宅にあったエレクトーンを分解したり、秋葉原で電子回路を買ってきて、自分でラジオを組み立てたりして遊んでいました。アルコールを入れた瓶に火をつけて爆発させ、家を燃やしかけて親からこっぴどく叱られたこともあります(笑)」
ボヤ騒ぎを機に理科実験を〝卒業〞した佐藤氏は、中学・高校ではバスケットボール部で汗を流す一方、軽音楽部でキーボード奏者としてバンド活動にも励むなど、青春を謳歌した。「高校時代には、バスケットボールで国体にも出場しました。某大学から選手としてスカウトされたのですが、条件として提示されたのが、文系学部生として入学すること。理系学部に進学して、将来はモノづくりの仕事に就きたいという希望を持っていたため、そのスカウトは辞退しました」
結果、佐藤氏は、東京理科大学の工学部機械工学科へ進学する。

当時の東京理科大学は、学生の〝留年率〞が極めて高いことで知られていた。軽音楽同好会に所属していた佐藤氏は、学業そっちのけでバンド活動にのめり込んでいたものの、本人曰く「自分は要領がよかった」ためか、3年次まではスムーズに進級できたそうだ。しかし、4年次への進級時に「試験時間を間違えてしまった」という痛恨のミスを犯し、留年を余儀なくされる。ただし、結果として、この留年が、佐藤氏にひとつの大きな転機をもたらすことになるのである。「時間を間違えてしまったのはドイツ語の試験です。幸か不幸か、そのせいで最終学年時はドイツ語の単位だけ取得すれば卒業できる状態になり、時間に余裕ができたため、アルバイトに精を出すと同時に、研究に打ち込むことができました」

佐藤氏が選択したのは、日本のロボット研究のパイオニアである福田敏男氏(現名古屋大学大学院教授)が率いるロボット研究室。ロボティクスやニューラルネット(人間の脳の神経回路をモデルとした情報処理システム)の制御を研究する先進的な取り組みで知られ、工学部で最も厳しいと評判の研究室の一つだった。
「福田先生には厳しくしごかれましたが、そのおかげで、ソフトウェアの設計技術を基礎からみっちり学ぶことができました。また、ニューラルネットに初めて触れることもでき、今につながる土台を築いてくれたと感謝しています」

卒業後の進路として、福田教授からインフラ企業への就職を勧められたものの、「そこで働く自分の姿がどうしてもイメージできなかった」ことから、佐藤氏は周囲の反対を押し切って、静岡県浜松市に本社を置く電子楽器メーカー、ローランドへ入社した。
「当時は電子楽器が急激に進歩している時代で、シンセサイザーや電子ピアノの自動伴奏がちょっとしたブームになるなど、楽器の世界もハードウェアとソフトウェアが融合を深めていました。ローランドに入れば、好きな音楽とAIを結びつける面白い仕事ができるのではないかと考えたのです」ところが、せっかく入社したローランドを、佐藤氏は1年も経たないうちに退社してしまう。
「入社後の新人研修で現在の妻と出会い、すぐに結婚しようという話に。それを機に神奈川県へ戻ることに決めたのです」地元に戻った佐藤氏は結婚式を挙げたが、その時点での〝身分〞は無職。「今振り返ってみると、ずいぶん思い切ったことをしたものです」と、佐藤氏は苦笑する。

ソフトハウスを起業。エンジニアとして多くのシステムを開発

心機一転、再スタートを切った佐藤氏は、小さなソフトハウスに就職。2年ほど勤務した後、94年に2名の同僚を誘ってソフトハウス「ブリッジ・メタウェア」を起業し、経営者兼エンジニアとして多くのシステム開発を手がけるようになる。
当時は、新しいプログラミング言語である「Java」がようやく普及し始めた頃で、佐藤氏率いるブリッジ・メタウェアは、Java言語で作成されたプログラムがどのOSでも動作することを認定する「100% PureJava」認定を受けた日本初の企業となるなど、技術力の高さで名を馳せた。起業後の15年間、同社の経営は順調に推移していったが、佐藤氏は徐々に〝マンネリ感〞を覚え始め、新たな展開を模索するようになる。

そんな矢先、佐藤氏はクライアントから高度の画像認識技術を要する案件を受注した。最先端の画像認識技術をリサーチする目的で、東京工業大学で准教授を務める友人の研究室を訪れたところ、その友人が研究していたAI技術に目を奪われる。
「その技術がすごく面白くて、彼の話を聞いているうちに、数年後にはAI関連ビジネスが急速に台頭してくるに違いないと確信しました」

佐藤氏は、すぐに新会社の設立を決断。個人投資家などにプレゼンして出資を募り、東京工業大学発のベンチャー企業として、11年に株式会社クロスコンパスを立ち上げた。しかし、起業早々に苦境に立たされてしまう。
「当時流行していた『ビッグデータ解析』を事業の主軸に据え、創業メンバーのコネを駆使して多くの企業から仕事を受託したのですが、思うように成果が上がりませんでした」技術がまだまだ実用化レベルに達していなかった、技術の運用先を間違えていたなど、原因は様々考えられたが、「一言でいえば、この分野に関する私たちの経験不足。見通しが甘かったんでしょうね」と、佐藤氏は当時を振り返り、そう述懐する。
だからといって、手をこまねいてはいられなかった。ブリッジ・メタウェア時代に培った経験や人脈を生かし、ITコンサルティングやシステム開発を手がけながら、佐藤氏は次の一手を模索していく。

そんなある日、佐藤氏の運命を大きく変える大きな出来事があった。12年10月、イタリアで開催されたコンピュータによる一般物体画像認識のコンテスト「ILSVRC」において、ディープラーニングを用いたチームが他の追随を許さない圧倒的な成績を収めて優勝したことが、メディアで大きく報じられたのだ。
この時初めて「ディープラーニング」という言葉を耳にした佐藤氏は、当初は技術の可能性ついて半信半疑だったが、様々な論文などを取り寄せて精読していくうちに、「これだ!」と直感したという。

「ちょうど行き詰まっている時でしたから、藁にもすがる思いで飛びつきました。とはいえ、勝算がまったくなかったわけではなく、ディープラーニングは、東京理科大学時代に触れたニューラルネットワークの正統な発展形に見えましたから、この技術を使えば、これまで解決が難しかった多くの課題を突破できるに違いないという確信に近い予感が芽生えました」
佐藤氏は、コア技術をディープラーニングへ転換する経営判断を下し、クロスコンパス設立のきっかけとなった東京工業大学の研究室との分離を決意。すぐさまディープラーニングの研究・開発をスタートさせる。12年冬の再出発だった。

誰もが簡単にAIを活用できる社会をつくりたい

大きく方向転換したビジネスモデルは、しばらくして軌道に乗り始める。15年に、ディープラーニングによるデータ分析技術を専門に手がける株式会社クロスコンパス・インテリジェンスを新設すると、「AIをすぐにでも活用したいが、人材やノウハウがない」という50社以上におよぶ企業からの相談や依頼が相次いだ。翌年に入ると、コンサルティング件数が年に150件を突破するなど、「猫の手も借りたいほどの忙しさになりました」と、佐藤氏は嬉しい悲鳴を上げる。
現在、クロスコンパス・インテリジェンスでは、AI情報処理サービスやAIを駆使したデータ解析パイロットプロジェクトの実施、AI活用に関するコンサルティングなどを事業の軸に置いている。これら以外に、AIの流通市場を創出するべく、誰もが簡単にAIを利用可能にするプラットフォーム「IX」の構築も手がけている(詳細はコラム参照)。

「かねてから、なぜAIが市場で売買されていないのか疑問に思っていました。過去の幾多のコンサルティング経験から、どの企業も似通った課題や要望を抱えていることがわかり、それならば、誰もが簡単にAIを利用できるプラットフォームを構築すべきではないのか、と。例えば、ある産業用に学習させたニューラルネットワークを他者が利用できるようにし、そこで利用されてさらに賢くなったニューラルネットワークをまた別の産業へ流通させる仕組みを作れば、AIの進化が促進されますし、社会全体の発展にも寄与すると考えたのです。現状では製造業向けのプラットフォームのみの提供にとどまっていますが、近い将来、あらゆる業界・業種に対応したツールの提供を計画しています」

さらに佐藤氏は、その先を見据えた研究開発にも意欲を見せる。
「できれば次世代のAI、すなわち〝強いAI(自意識を持った人間並みの認知能力を有するAI)〞の分野に絡みたいと考えています」
一部には、AIが人類の知能を超えるとされる「シンギュラリティ」を危険視する向きもあるが、佐藤氏は、「我々が生きている間に、もしかするとAIが意識を創発するかもしれないのです。エンジニアなら、この領域に携わりたいと思って当然。目の前にそのチャンスがあるのに、やらないという選択肢はまず考えられない。〝強いAI〞が実現するかは未知数ですが、そこを目指すプロセスは、人類が自分たち自身の在り方や生き方を見つめ直す機会になるかもしれません」と、前向きに捉えている。

強いAIはすぐに実現するものではないが、いずれにしろ、AIはすでにビジネスの世界に大きな変革をもたらし始めており、今後も関連ビジネスが拡大の一途を辿っていくことは間違いない。この分野のパイオニアたる佐藤氏率いるクロスコンパス・インテリジェンスの行く手に広がる視界はすこぶる良好のようだ。

His Research Theme
製造業向け人工知能(AI)を簡単生成できる開発環境 「M-IX」の提供をスタート!
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「IX」は、AIが流通する市場を創造するべくクロスコンパス・インテリジェンスが開発・提供しているAI活用プラットフォーム。誰でも簡単に特定用途向けのニューラルネットワークを生成したり学習済みニューラルネットワークを売買したりするためのツールだ。

2017年6月にリリースした「M-IX」は、製造業を対象としたAI開発環境で、製造工程における異常検知や予知保全を高精度で実現するAIを生成するための統合開発環境である。ニューラルネットワークのテンプレートを選択したり、AIに学習させるデータの前処理を行ったり、それらをもとに最適なニューラルネットワークを生成したり、外部装置上で動作するための後処理が行えたりするなど、AI生成に至る一連のフローを提供する画期的なプラットフォームとなっている。

現時点でリリースしているのは製造業向けツールの「M-IX」のみではあるが、「AIを誰でも・早く・使いやすく」を目標に、クロスコンパス・インテリジェンスでは今後、製造業だけでなく、ロボティクスやマーケティング、情報セキュリティ、医療といった幅広いマーケットに向けた用途特定型のAIプラットフォームを順次リリースしていく予定だという。今後の同社の取り組みに注目したい。


さとう・あきら
1964年、横浜市生まれ。89年、東京理科大学機械工学科を卒業後、電子楽器メーカーに入社。ソフトハウスでの就業を経て、94年にソフトウェア開発の企業を創業、経営者兼エンジニアとしてソフトウェアの開発を手がける。その後2011年10月に株式会社クロスコンパスを設立、15年4月にAIビジネスを担う部門を分割、株式会社クロスコンパス・インテリジェンスを設立し、現在に至る。
株式会社クロスコンパス・インテリジェンス
創業/2011年10月
従業員数/17名(2017年6月末現在)
所在地/東京都千代田区九段北1-14-17 AMINAKA九段ビル5階

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