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【新進気鋭の研究者Vol.13】オープンイノベーションの〝出島〞で、人と機械が融和する近未来デザインを描き、社会に資するテクノロジーを創出する オムロン サイニックエックス株式会社_諏訪 正樹

オムロン サイニックエックス株式会社
代表取締役社長 博士(工学)
諏訪 正樹

オープンイノベーションの〝出島〞で、人と機械が融和する近未来デザインを描き、社会に資するテクノロジーを創出する

社会や経済が右肩上がりで拡大・成長している時代には、現状分析を重ね、その延長線上にある未来を想定して戦略や課題を設定する「フォーキャスト」の戦略が有効だ。しかし、現代のように先の見通しが極めて難しい時代には、まず未来を想像し、そこから現在に立ち返ってビジネスやテクノロジーのあるべき姿を考える「バックキャスト」の視点を持つことが重要とされる。日本を代表する大手制御機器メーカーのオムロン株式会社は、バックキャストの視点をいち早く経営に取り入れたことで知られる。創業者の立石一真氏が1970年に打ち立てた「SINIC理論」という未来予測論に基づいて、社会ニーズを先取りした技術や製品を、数多く世に送り出してきた。SINIC理論は、高い精度で現在までの社会シナリオを描き出すことに成功しているが、2018年4月、オムロンは、独自の未来予測の視点に基づいた社会課題および顧客課題解決をさらに加速させ、未来のコア技術開発を実践する研究拠点として、東京・文京区に「オムロン サイニックエックス社」(以下OSX社)を始動。初代代表に就任し、舵を切るのは、オムロンで数々の画像センシング技術を開発してきたトップエンジニア、諏訪正樹氏である。本社から離れた〝出島〞で、諏訪氏が始める挑戦とは?

勝つことではなく人とのラリーが目的の画期的「卓球ロボット」

人工知能(AI)は、人類の敵か味方か――。AIの話題になると、ネガティブ、ポジティブな意見が入り乱れる。例えば、先日亡くなったスティーヴン・ホーキング博士はAI脅威論を唱えていた一方で、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOは肯定論者だ。現時点でどちらが正しいか結論は出せないが、諏訪氏が思い描く未来のイメージは、後者だ。

「AIや機械が人から仕事を奪う、という悲観論がセンセーショナルに語られることもありますが、機械が人にとって代わる、と結論づけてしまうのはちょっと短絡的。少なくとも今後数十年間は、人と機械が何らかのかたちでかかわり続けていくことになるはず。敵、味方といった単純な考え方ではなく、お互いが補い合いながら一緒に成長していく〝人と機械が融和する世界〞のイメージの方が私にはしっくりきますし、当社もそこを目指しています」
その思想を体現しているのが、卓球ロボット「フォルフェウス」だ。ラリーを通じて、人を楽しませつつ上達もガイドしてくれるコーチロボット。諏訪氏曰く、「人に勝つことではなく、ラリーを長く続ける楽しみを提供する」ことを使命にしており、多くの人とのラリーデータを活用して、対戦相手の卓球の実力を瞬時に判断。レベルに合わせた打ちごろの球を返すだけでなく、上級者のスマッシュに対応した機能も実装しているというから驚きだ。

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卓球ロボ「フォルフェウス」のハードウェアには、
それ専用の部品はない。市販ロボットなど
ファクトリーオートメーション分野で使用されている
オムロン製センサやコントローラが搭載されている

「ラリーを続けるためには、人が打ってきたボールがどこに向かってどんな速度で飛んでくるのか、対戦相手がどこにいるのかを認識し、その情報に基づいてラケットを制御する必要があります。そこで、ステレオカメラと人検出センサを利用して、ボールの3次元測位と速度計測を実施。相手とラケットの位置を検出したうえで、ボールの軌道および速度の予測情報を使って最適なラケット軌道を計算し、ボールを打ち返すためにアームとハンドをコントロールするようになっています」

これら一連の動作を正確に実現するためには、高度なセンシング技術と制御技術が必須だ。また、スマッシュに備えるため、対戦相手の挙動や気配を読み取る最先端の機械学習技術も使用されている。

「フォルフェウスを支えるのは、オムロンのコア技術『S(センシング)&C(コントロール)+Think』。これらをうまく活用しながら、機械が人間を深く理解し、一人ひとりの人間の能力や創造性、モチベーションを引き出す――オムロンが目指す〝人と機械の融和〞を、わかりやすいかたちで具現化したシンボル的存在がフォルフェウスなのです」

コア技術たる3次元画像センシングのトップエンジニアに

諏訪氏がオムロンに入社したのは、97年のこと。以来、20年以上にわたって、画像センシング技術分野で多くのイノベーションを生み出してきた。「入社して最初に携わった仕事は、文字認識センサ技術の開発でした。これは、カメラで捉えた画像に映っている文字やコードを認識する技術であり、その後も何度かの技術リニューアルを実施。現在も、工場で製品に印字された食品の賞味期限や製造ロットナンバーなどを読み取る装置、自動車のナンバープレートの識別、名刺を読み取るスマートフォンのアプリなど、幅広く活用されています」

この時は画像から〝2次元〞の情報を認識するだけで事足りたが、その後に取り組むことになった「道路交通センサ」の開発では、画像内の物体の奥行きも含めた形状や、物体同士の〝距離〞を認識することが求められた。道路では、走行中の自動車の速度や通過台数などの情報を活用しつつ、信号を制御するなどして交通の流れをコントロールしているが、2次元の画像センシングだけでは、建物や並走する車両の影、道路に反射するヘッドライトなど、刻々と変わる道路状況を追尾できない。当然、このプロジェクトは困難を極めたが、試行錯誤を重ねた末、当時諏訪氏が所属していたグループは一筋の光明を見出す。
「人間が2つの眼でものを立体的に捉えていることに注目し、カメラを2台使用すれば、同じように奥行きを捉えることができ、センシング性能が向上するのではないかと」
アイデアは浮かんだが、実行は容易ではなかった。人は視覚から得た膨大な量の情報を瞬時に処理することで周囲の状況を理解し、あらゆる物体を3次元で認識している。しかし、同レベルで情報処理できる能力を持った計算機を交通センサに適用するにはいくつかのハードルを乗り越える必要があった。また、屋外設置ゆえに、風雨への耐久性を確保しつつ、小型化かつ高性能の実現も求められた。

「2つのカメラに映る画像から必要不可欠な情報以外はあえて捨て去り、車のセンシング精度を高めることに」そのアイデアが奏功し、結果として、昼夜など自然条件の変動にかかわらず、97%以上の認識率で自動車の検知に成功。人間と同じように2つの眼(カメラ)に飛び込んでくる光の径路の違いを手がかりに3次元情報を取得する仕組みを搭載したこの道路交通センサは、他社の追随を許さないオムロン独自の技術として高い評価を受けた。そして、渋滞を発生させないように、あるいは速度を超過させないように、交通の流れをコントロールする新たな〝インフラ〞を実現したのである。

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オムロン サイニックエックス社のオフィスは、
東京大学本郷キャンパスに隣接。国内外の研究者が集い、
バックキャストの視点で近未来をデザインするための、
活発な研究および開発が始まろうとしている

その後、人やモノなどを対象とした距離計測技術の開発経験を通じて、オムロンにおける3次元画像センシングのトップエンジニアとなった諏訪氏は、数多くのプロジェクトを手がけていく。そのなかでも、特に実用化に向けて手を焼いたのが、「基板検査装置」向けの画像センシング技術だった。

基板検査装置は、基板に搭載された電子部品の実装品質を検査する装置であり、1秒間に100回オーダーのとてつもないスピードで光の情報を切り替え、基板の3次元情報を取得することが求められた。技術的なハードルは高かったが、諏訪氏はこの難関も乗り越え、完成に漕ぎつける。ものづくりの現場で高速・高品質な製品生産を可能にした、諏訪氏の研究開発がもたらしたインパクトは大きい。入社以来、そうやって社会課題の解決に取り組んできた諏訪氏は、今春、OSX社の代表取締役に就任。新たなスタートを切ることとなった。

近未来の変化が社会にもたらすインパクトを考える

OSX社は、もともと「AIの研究拠点を設立する」想定で準備が進められていた。しかし、オムロン社内でディスカッションを繰り返すうちに構想がブラッシュアップされ、近未来をデザインし、そのために必要なテクノロジー群を構想し、そのなかでもコアとなるものを創出するための研究拠点というコンセプトに発展していった。「もともとオムロンは、創業者が打ち立てた未来予測論をベースに、世界に先駆けて〝ATM〞や〝自動改札機〞など数々のイノベーションを生み出してきました。創業者はこれを〝ソーシャルニーズの創造〞と呼んでおり、今でもオムロンの企業理念のなかに根付いています。この新拠点では未来予測論を新時代に即したものとして深化させつつ、人間学や社会学に技術の視点を加えた近未来を新たにデザインしながら、コア技術の開発を行うことを企図。わかりやすくいえば、10年、20年先に起こり得る課題をリアルに描き、それを解決するテクノロジーのアーキテクチャをデザインし、コア技術を創出する――まさにソーシャルニーズの創造・実践こそが私たちの使命です」これから21世紀半ばに至る数十年は、前世紀に比べて精度の高い予測がかなり困難な時代に突入することは間違いない。諏訪氏も、そのことは重々承知している。

「私を含むオムロンのメンバーだけで、非連続的であり複雑さを増す十数年先の未来を予測して社会をデザインすることは極めて困難です。ゆえに、この〝出島〞をオープンイノベーションの場として、国内外から優秀な研究者や専門家などを招いてディスカッションしながら近未来をデザインしていきます。すでに、多くの大学や研究機関などから参加の打診をいただいています。まずは彼らと議論を重ねながら、近未来の変化が社会にどのような影響をもたらすかをデザインし、そのうえで社会課題の解決に資するテクノロジーの研究を進め、実現していく予定です」ちなみに、かつてソニーから発売された「ウォークマン」は、〝音楽を屋外に持ち出す〞という近未来のライフスタイルを提案し、それに必要な技術を開発することで誕生した。そのインパクトを上回る、人々の生活や価値観を大きく一変させるような画期的な〝何か〞が、OSX社から生まれる未来を、期待して待ちたい。

His Research Theme
未来のロボット社会になくてはならない技術。画像・光センシング=“機械の眼”を進化させる
     

機器や装置内に内蔵され、対象物を正しく捉える“眼”の役割を果たす画像センシングテクノロジーは、オムロンのコア技術の一つである。なかでも、人間の眼と同じように3次元で空間を捉えながら、人間よりも速いスピードで物体を識別する技術の精度は世界でも群を抜いており、AIやロボティクスとの融合による相乗効果が期待されている。

道路上に設置される「道路交通センサ」の開発で採用した2眼カメラでは、当時業界では初となる立体情報にもとづく車両認識を可能に。これにより台数や速度、車種などの情報を収集して交通状況を把握し、その情報を瞬時に解析。交通インフラに活用される貴重な情報源の一つとなっている。

3次元画像センシング技術は、「基板検査装置」にも応用されている。これは、1mm角に満たない大きさの電子部品が大量に搭載された基板のはんだ付けの状態を高速で検査する装置で、道路交通センサのようにカメラを2台使って3次元画像センシングするのではなく、1台はカメラ、もう1台は特定の模様を基板に投影するプロジェクターを使用。映し出された模様の微妙な歪みから物体を立体的に認識している。


すわ・まさき
1968年、京都府生まれ。97年、立命館大学理工学研究科博士後期課程修了後、オムロン株式会社入社。入社以来、画像・光センシングの研究開発に従事。技術・知財本部 技術専門職として籍を置きながら、2018年2月、オムロン サイニックエックス株式会社代表取締役に。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科、九州工業大学生命工学研究科客員教授。
オムロン サイニックエックス株式会社
設立/2018年2月7日
代表者/代表取締役社長 諏訪 正樹
従業員数/10名
所在地/東京都文京区本郷5-24-5 角川本郷ビル3階

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