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【大学研究室Vol.29】生命の神秘を解明する基礎研究。オートファジーのメカニズムを探究する果てしない“旅”に、取り組み続ける

注目の大学研究室

東京工業大学 生命理工学院 中戸川研究室
准教授 博士(理学) 中戸川 仁

細胞内リサイクルのメカニズムに迫る

「命とは何か?」「なぜ睡眠が必要なのか?」──人を惹きつけてやまない単純な疑問ほど、解明が難しいものだ。

東京工業大学生命理工学院の中戸川仁准教授も、問いそのものは至って素朴だが解明が困難な謎に取りつかれた研究者の一人。「生物はなぜ生きているのか」という、極めてシンプルな疑問を解き明かすために、日夜奮闘を続けている。

「人間や動物の身体は分子や原子で形成されていますが、その辺に転がっている石も分子や原子でできています。にもかかわらず、なぜ生物だけが活動できるのか。生命の根源に迫り、生物が生きている理由を明らかにすることが私の願いです」

そう話す中戸川准教授は、今最も注目を集めているといっても過言ではない「オートファジー(自食作用)」の分野で、世界の最先端を走っている。オートファジーは、2016年に大隅良典氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで一躍脚光を浴び、中戸川准教授はその大隅氏の教え子に当たる人物だ。「人体を形成する細胞の中では様々なものがつくられ機能していますが、生命活動の維持には、それらを時には分解して利用することも重要です。オートファジーはその役割を担う分解システムで、たんぱく質や核酸などの生体高分子から細胞小器官まで、多くの細胞内成分を〝オートファゴソーム〞と呼ばれる脂質の膜で包み込み、分解専門の細胞小器官に運び入れ分解しています。例えば、細胞が飢餓状態に陥った時、自らの一部を膜で包んでアミノ酸などに分解し、必要なたんぱく質につくり替えます。体内には、細胞が自身の中身をリサイクルして生き長らえるための驚異的な仕組みが構築されているのです」

ひとくちにオートファジーといっても、研究者ごとに興味の対象となる領域は異なる。中戸川准教授はオートファジーのプロセスの中で、「オートファゴソームの膜をつくり出しているものは何か」「オートファゴソームが損傷したミトコンドリアなどの特定のものを、どうやって選択して〝食べて〞いるのか」という部分にフォーカスした研究を積み重ねている。実験では「出芽酵母」というモデル生物を用いてオートファジーを支える分子メカニズムの解明に取り組んでいるが、「本当に知りたいことはほとんど何も解明できていないといってもいい段階です」と、中戸川准教授は謙遜する。

「例えば、オートファゴソームの材料はどこからやって来るのか。世界中の研究者が様々なモデルを提唱していますが、確たることはまだ誰にもわかっていません。そのレベルのことですら明らかになっておらず、状況は混沌としていますが、先の見えない暗闇の中を手探りで開拓していくことこそが、研究の醍醐味です」

しかし、中戸川准教授の研究室では最近、細胞内の〝あるもの〞がオートファゴソームの膜の供給源になっている可能性を示唆する実験結果を得た。近いうちに論文で発表する予定だ。「発表したからといって、世界が受け入れてくれるかどうかわかりませんし、誤っている可能性も考えられます。遅々とした歩みでも、一歩ずつ着実に進み、生物が生きている理由に迫っていきたいですね」

医療への応用にも期待が集まる

オートファジーは出芽酵母に限らず、あらゆる動植物に備わった生命維持の根幹を担う仕組みである。そのため、医療の世界でも注目されている。

「オートファジーに関係している遺伝子が傷つくと、パーキンソン病やセンダ病などの神経疾患が発症する可能性を示唆する研究結果も報告されていますが、当該遺伝子にはほかの役割もあるため決定的な証拠とはいえません。とはいえ、オートファジーと病気との関係を示す知見はたまりつつあります。私たちの研究が医療分野に貢献できれば嬉しいですね」

中戸川准教授を突き動かしているのは、あくまでも純粋な好奇心と探求心だ。

「生命の神秘に迫りたいという思いが私のモチベーション。学生たちにも『どんな研究が自分の感性を刺激するのか見いだし、それに合ったテーマを選ぶことがいい研究、自分にしかできない研究につながるよ』という話をよくしています」

オートファゴソーム形成過程の観察には蛍光顕微鏡が使用される。「細胞内は無色透明なので、蛍光を発するたんぱく質を用いて可視化します。全貌を明らかにするには多面的なアプローチが必要です。先は長い」(中戸川准教授)

注目の研究

オートファジーは細胞内の不要な成分を分解する作用で、そのために必要なプロセスがオートファゴソームの形成である。分解対象にはミトコンドリアなどの細胞小器官も含まれることがわかっていたが、中戸川研究室は、核や小胞体もオートファジーで分解されることを発見。分解の目印となるたんぱく質を特定し、そのメカニズムを解明した。分解すべき対象が生じると特定のたんぱく質で目印が付けられ、その目印はオートファゴソームをつくる装置を分解対象上に呼び寄せ、オートファゴソームの形成が始まる。さらに目印たんぱく質は、膜上の別のたんぱく質と結合することで分解対象を効率よくオートファゴソームに包み込ませる。完成したオートファゴソームは液胞やリソソームと融合、対象物の分解が達成されるという仕組みだ。

中戸川 仁
准教授 博士(理学)

なかとがわ・ひとし/2002年、京都大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了。同年、日本学術振興会特別研究員(京都大学ウイルス研究所、基礎生物学研究所)。05年、基礎生物学研究所助手・助教。06年、科学技術振興機構さきがけ研究員(兼任)。09年、東京工業大学フロンティア研究機構特任助教。11年、同研究機構特任准教授。14年6月より現職。

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