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【新進気鋭の研究者Vol.6】AIをブームに終わらせることなく、自動運転をターゲットに実用化を目指す。 パナソニック株式会社_岩崎正宏

パナソニック株式会社
先端研究本部 知識化モビリティプロジェクト室 総括部長 博士(工学) 岩崎正宏

AIをブームに終わらせることなく、自動運転をターゲットに実用化を目指す。
らAI技術者が主役の組織づくりも夢

盛り上がる「AI(人工知能)革命」だが、今回が第三次ブームといわれる。岩崎正宏氏が松下電器産業(現パナソニック)に入社した頃、前回のブームは終焉し、学生時代に取り組んでいたニューラルネットワーク関連の研究も、いったん”お蔵入り”に。十数年の時を経て再び脚光を浴びた今、目指すのは自動運転車、ADAS(先進運転支援システム)への応用である。その技術が花開く日は、そう遠いことではなさそうだ。

「人間は面白い」。その思いがニューラルネットワーク研究へ

生粋の〝博多っ子〞である岩崎氏が誕生したのは、1973年1月。新聞社に勤務する父親には、小さな頃から「本を読め」と言われ続けた。「そのおかげで本は嫌い、算数が大好きな子供になりました」と笑う。

中学、高校時代の趣味は、電器店巡り.「ラジカセやウォークマン、ミニコンポなどを、飽かず眺めてましたね。だから、もともと松下電器にはいいイメージを持っていました(笑)」

それまで部活とは無縁だったが、名古屋大学工学部に入学すると、小学校時代に経験したソフトボール部へ。ピッチャーとして、全日本大学選手権でベスト16進出の原動力になったが、頑張りすぎた結果、大学院の試験に失敗……1年間の〝浪人〞生活を余儀なくされる。

「研究室では、オーディオスピーカーをつくってみようと、音声認識の先生を選んだのですが、想像とはまったく違う世界であることがわかりました。そこで、ニューラルネットワークをやっている研究室に入り直したのです」

ニューラルネットワークは、人の脳の神経回路を模倣したモデルだが、岩崎氏がターゲットにしたのは、第一次視覚野のモデル化である。「〝教師あり学習〞を使わずに、自己組織的にその特徴抽出をしたい」という研究テーマは、まさに今盛り上がるディープラーニング(深層学習)そのものだ。

「人間は簡単に音声を認識することができるのに、コンピュータでは難しい。人間ってすごいな、面白いな、という感想を持ったのが、この分野に取り組んでみようと考えたきっかけ。学生時代には、神経生理学の専門家に話を聞きに行ったりもしました」

その結果、国際学会も含めて多くの論文が認められ、2001年には博士号(工学)を取得、同じ年に松下電気産業に就職する。だが、結局その研究がそのまま職場で生かされることはなかった。

「わずか数十枚の画像の学習に、ワークステーションで数日もかかってしまうという弱点が、なかなか克服できませんでした。大きな流れとしては、当時のAIブームが終わったということもあって……。もうこのアプローチは役に立たない、という空気が蔓延していました」

入社時には「ニューラルネットワークはやらない」と腹を決めていた岩崎氏は、いわゆるコンピュータビジョン、画像認識を一からマスターする道を選び「論文を読みまくった」。
「単に、興味や面白みだけではなく、まず〝どんな価値提供ができるのか〞を問われるところが、大学の研究室とは明らかに違いました。テーマ起案には、結構苦労しましたね」

行き着いたのが、バイオロジカルモーションだった。例えば人が複数の光点を着けて踊れば、暗闇でも「誰かが踊っている」と認識できる現象である。
「形や色ではなく、動きに大事な情報が隠れているのではないか。それを上手に取り出せれば、形などに依存しない認識技術が確立できるはずだと考えたのです」

応用をイメージしたのは、監視カメラだった。ある人間を服の色でトラッキングしようとしても、同じ色の服装の人が映り込んでいたら、アウトである。しかし、その人に特徴的な動きならば、正確に追跡できる……。

だが、そのアイデアは、やはりすぐに形にはならなかった。監視カメラは、普通高所に取り付けられる。ところがそれだと、〝人の動き〞が最もよく表れる脚が、分析可能といえるほど十分に映らなかったのだ。「結局、価値提供はできなかった。ショックで、しばらくは何をやっていいのかわからないような状態でしたね」

ケンブリッジ大との共同研究で、世界を知る

研究者として試行錯誤するなか、岩崎氏は、新技術をものにするには、他所との共同研究が必要、との思いも強くしていた。大きな転機となったのは、会社がそんな意を酌んで、英国ケンブリッジ大学に派遣してくれたことだ。
「ケンブリッジは、当時からコンピュータビジョンのメッカで、マイクロソフトリサーチが拠点を構えるほど。そこのロベルト・チボラという先生と共同研究をするのが目的でした。テーマは引き続き、動きに内在する情報を活用した人物検出技術の開発です」
ただし、上司からは「一研究者として行くのではない。マネジメントの勉強もしっかりしてくるように」という課題を与えられていたという。身分も客員研究員ではなく、パナソニックヨーロッパの社員。大学とは別の場所に部屋を借り、そこを基点に共同研究を行うというスタイルだったのだが、現地ではいきなり想定外の洗礼を受ける。

「ヒースロー空港に着いたその足で現地法人のヘッドクオーターに出向いたら『これがお前の車だ』と。そう言われてもケンブリッジまでどう行ったらいいか、わからない。仕方なく近くの電器屋でポータブルナビを買い、160キロ走ってようやくたどり着いた事務所には、電話機が1台ポツンとあるだけ。ネット環境も今日寝る布団もない(笑)。そこから、事務所としての形を整えるまで2週間かかりました」
いざ研究を始めてみると、今度は世界トップレベルの人間たちの実力を思い知らされることになる。

「ベイズ理論に基づく最先端の研究は、非常に難解で、式も複雑なんですよ。ところが、彼らはそれを見ただけで、パッと分布が頭に浮かぶというのです。自分とは全然理解のスピードが違ったのは、衝撃的でした」

だが、そんな刺激的な環境で研鑽を重ねた結果、当時流行だった確率統計に関する知識、技術は着実に向上した。2年2カ月の共同研究を終えるまでに、世界最高レベルと称される、コンピュータビジョン関連の国際会議CVPR、ICCV、ICPRで採択されるという快挙を成し遂げたのである。

同時に、「知識が広がっただけでなく、精神的にも成長することができた」と岩崎氏はケンブリッジ時代を振り返る。
「最初に教授とちょっと揉めた時、『上に確認してこい』と言われたんですよ。『お前では相手にならん。ボスの意見を聞いてこい』と言われたようなもの。それが悔しくて。しかし、共同研究が進み、お互いの理解が深まるなかで、徐々に私のことを〝パナソニックの代表者〞と認めてくれるようになりました。それは逆にプレッシャーでもありましたけど、大いにやりがいを感じましたね。初めて〝自立した個〞を自覚できた感じがしました」

上司に与えられたテーマだった「マネジメント」の面でも、大いに成果があったようだ。
「ポスドク2人の事実上の上司のようなスタンスで研究していました。特に意識したのは、ゴールをブラさないこと。『実現したいのはこれ』『そのためにはこんな技術が要る』と常に伝えながら、目標の共有を図りました。彼らとはよく飲みにも行ったし、家族ぐるみの付き合いもしていたんですよ」

帰国後、10年には、ベルギーのコンソーシアムimecとの共同研究のマネジメントを任される。取り組んだのは、これまでとはまったく毛色の異なる、遺伝子チップや脳波センサーの開発だった。さらにその翌年からは、先端技術研究所の企画チームのリーダーとして、予算を含めた研究計画の立案などに、約3年間携わる。岩崎氏にとっては、〝異分野を知る〞経験だった。

車をターゲットに安心・安全を超えた機能の実現を目指す

12年、世界最大の画像認識コンペティションILSVRCで、ディープラーニングを応用したチームが世界一になったのを契機に、冬の時代が続いていたAIが一気にブレークした。その技術を自社製品に応用すべく方針を定めた同社は、岩崎氏に技術面でのマネジメントを委ねる。

「入社する時、最初の上司に『もう認識技術は要らない』と言われたのを覚えています。時代の流れでもありましたから、その分野の人間はほとんど採用してこなかったのだと思います。結果的に、私がそこに最も詳しい人間になっていたわけです。その時、〝歴史は繰り返す、何が役立つか、神のみぞ知る〞としみじみ感じたものです」

ターゲットを自動車に絞ったのも、岩崎氏である。そこには、「今度こそブームで終わらせず、必ず事業につなげる」という強い思いがあった。
「初めは、基盤的にいろんな応用ができるものを目指す話もあったのですが、AIは与えるデータでできることが決まります。逆にいえば、アプリケーションを確定させないと、どんなデータを用意すべきかもわからない。やはりどこかにフォーカスすべきだと考え、データが豊富で我々にとって販路もある自動車にしよう、と結論づけました」

目指すのは、ディープラーニングを組み込み、独自のセンサーとカメラを融合させた、自動運転のための検知技術の開発である。
「私たちが狙おうとしているのは、人の通らない高速道路などではなく、いろんな障害物のある街なかでの自動運転です。カギになるのは、車の全周囲が検知できるシステム。まず目標にしたのが、スーパーなどに行った時、入り口で乗り捨てれば自分で駐車場に収まってくれる自動バレーパークで、これなら10メートル四方がセンシングできれば足りる。23年くらいには実用化したいと考えています」

当然〝その先〞も見つめている。

「今AIで考えられているのは、安心・安全・効率といった機能です。でも、本当にAIが得意なのは、もっと人間に寄り添う部分ではないかと思うんですよ。例えば、自動運転だと運転席自体が不要になり、より快適で機能的、あるいはリラックスできる空間が創造可能になる。そこには、人の生活に寄り添う家電製品で培った当社の蓄積が大いに生かせるはずなのです」

そんな夢も込めて、昨年7月には、全社横断的な「AI-Hub」(コラム参照)を正式キックオフさせた。
「AIは、多様なアプリケーションに応用できるため、各事業部門にAI技術者が分散する傾向にある。だから、関係する人間たちが急速に進化するAIに関する知識をきちんと共有できる場を構築していきたいのです」

若い世代の技術者には「自分から具体的にプロポーズせよ。振り子は大きく振れ。大きな構え方で仕事をしてほしい」とエールを送る。
「AIは特にそうですけど、かつてと違って成果を囲い込むよりもむしろオープンにしたほうが、情報は集まるしコミュニティもできる。結局メリットは大きいと感じるんですね。そのためにも、まずは自分から花火を上げてみることが大事だと思うのです」

PanasonicAI-Hubを設立し、
全社AI技術者の高位平準化を目指す
 

「ディープラーニング技術の本格的な事業化」「AI技術者が主役になれるテーマ運営と組織づくり」といった将来展望も見据えて、2016年7月に正式スタートしたのがPanasonicAI-Hubだ。ともすれば、事業部ごとに“分断”されがちなAI技術者が結集できる場の提供を目的につくられた。
4つあるカンパニーの技術本部から、今後AI技術を牽引していく若手人材を選んでもらい、約10名で運営を行っている。
機能は、定期的な講座、セミナーの開催などによる人材育成、ハイスペックな計算機を配備した開発環境の整備、データ共有の3つ。「AIのアルゴリズムは、どんどんオープン化される傾向にある。差別化するためには、価値を生むデータをいかに集めるかというのが重要なポイントになってくる」(岩崎氏)。将来的には「ここに来れば問題が解けるというような、人が集まるコミュニティ」を目指す。
現在は、人材育成がメインの段階だが、eラーニング化したビデオ教材は、すでに社内の600名ほどが視聴しているという。
「AI技術者」の定義自体が難しいが、現在全社で20名ほどのAI技術者を、講義などを通じて3年間で300名程度にまで拡充するのが目標だ。


いわさき・まさひろ
2001年、名古屋大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程後期課程修了後、松下電器産業株式会社(現パナソニック)入社。入社後は、同社先端技術研究所にて、顔認識、人物検出、セグメンテーションなどのコンピュータビジョン技術の研究開発に従事。06年~08年、英国ケンブリッジに駐在。リエゾンオフィスを立ち上げ、ケンブリッジ大学との共同研究を行う。11年、先端技術研究所企画チームチームリーダー、14年、先端研究本部知能研究室課長、15年、同部長、16年より現職。博士(工学)。
パナソニック株式会社
設立/1935年12月15日
代表者/代表取締役社長 津賀一宏
従業員数/24万9520名(2016年3月末現在)
所在地/大阪府門真市大字門真1006

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