Read Article

【大学研究室Vol.5】細型人工筋肉の研究で新たな境地に挑む

注目の大学研究室

東京工業大学 工学院 ロボティクス研究分野 鈴森・遠藤研究室
教授 博士(工学) 鈴森康一

人工筋肉を細径化。大量生産も可能に

東工大・鈴森康一教授が実用化に向け推進するのは「マッキベン型」と呼ばれる人工筋肉。ゴムチューブ周辺をメッシュが覆う構造で、空気を送り込むと膨らみながら収縮する。原理自体は1960年頃から存在するが、鈴森教授はその細径化と大量生産に成功。従来の市販品が外径10~40㎜だったのに対しこちらは2~5㎜とはるかに細い。2016年には、この「細径人工筋肉」の実用化を図るベンチャー企業「エスマスル」を設立、今夏には細径人工筋肉のサンプル出荷を始める予定だ。

もともと鈴森教授はロボットやアクチュエーター(作動装置)の研究を専門とする。11年、岡山大学に在籍していた教授のもとに「医療用のロボットをつくりたい」という依頼が舞い込んだ。実現には細い人工筋肉が必須。技術的なポイントは糸を編み込む技術だ。メッシュを編む角度が1度変わると人工筋肉の特性がまったく変わってしまう。しかし、幸い岡山県は製紐産業が盛んな地域。倉敷市にある池田製紐所の協力を仰いだ。 「彼らも角度を気にしながら糸を編んだことなんてなかった。顕微鏡を見ながら角度を調整して、200以上のメッシュを試作してもらいました」

果たして依頼の品は完成したが、細径人工筋肉の研究は続行された。「面白いものができた」と手応えをつかんだ鈴森教授。完成した人工筋肉を前に次なる用途、ロボットやパワースーツへの応用を模索することに。 「これまでのロボットはモーターで動き、硬くて重い。対して細径人工筋肉の動きは柔らかくしなやかです。骨格模型にとりつければ、それこそ人間のように”なまめかしく”動きます」

パワースーツとは、重量物の上げ下ろしの負担などを軽減する介助装置のこと。鈴森教授は細径人工筋肉を縦糸にした織物を試作し、セーターのような衣服に。従来の金属製パワースーツに比べて軽くて着心地がよく、すでに工場での作業者を対象に検証試験を行っている。こうして細径人工筋肉の研究が進むと、やがてアパレルや福祉機器メーカーなどから「売ってほしい」との声が届くように。エスマスル創業のきっかけである。 「人工筋肉はデバイスですから、これだけでは広まらない。様々なニーズを持つ企業と共同研究しながら、細径人工筋肉の応用面を考えていきたい」

ロボット工学の新たな道を指し示す

災害などの現場で活躍できる高出力な「タフロボット」の研究にもあたる鈴森教授。細径人工筋肉などを用いた柔らかいロボットは「ソフトロボット」と呼ばれ、研究のアプローチとしては好対照だ。タフロボットは「何のために何をつくるか」ターゲットが明確。しかし、ソフトロボットは「まだ行き当たりばったり」だという。

「現段階では細径人工筋肉よりも市販モーターを使ったほうが安いし信頼性もある。『こんなのできたけど何に使えるだろう?』という感じで、これから用途を考えるのです。でも僕の持論は『革新的なロボットは革新的なデバイスによって出来上がる』。異論反論ありますが、誰にでも手に入るモーターでは誰にでもできるロボットしか生まれないと僕は思います」

鈴森教授が提唱する「ジャコメッティロボット」にも細径人工筋肉が寄与する。力や速度、精度を追求してきたこれまでのロボットは高性能だが実用化が遅れている。レスキューの現場に投入するにも重く精密な部品からなるロボットをどう運ぶかなど、新たな問題が生じているためだ。ならば「本質的な機能だけを残して無駄をそぎ落とす」のがロボット工学の進む道の一つではないか。これがジャコメッティロボットの発想である。力も速度も出ないが、例えば細くて軽いアームの先にカメラだけ積んで災害現場の点検をする、そんなロボットが役立つ場所があるはずだと鈴森教授は考える。

「学会ではまだあまり受け入れられていない考えですが(笑)。若い研究者には、後追いの研究に振り回されないでと言いたい。昨年は3Dプリンタ、今年はドローンが流行りです。でも研究者がやるべきは『5年後にブームになること』であり『まだ目に見えないこと』。自分のやるべきことを信じて、続けてほしい」

画像配置 1200x400

細径人工筋肉を束にして骨格標本に組み込んだ「筋骨格ロボット」。解剖学書を片手に人間そのままの筋骨格を再現したことで、鈴森教授曰く「なまめかしい動きをする」。「こういう言い方をするとなかなか理解を得られないのですが、面白いからやっているのです。人間と同じようにつくると、同じように動くということが面白い」

注目の研究画像配置 1200x400

写真上はエスマスルが発売する細径人工筋肉。外径が異なる3タイプをサンプル出荷する予定。なお、エスマスルの本社は岡山県倉敷市。鈴森教授が社長、岡山大学の脇元修一准教授が取締役を務め、製紐メーカーの池田製紐所と空圧機器メーカーのコガネイが出資している。写真中央は、細径人工筋肉を束にしたもの。細い筋肉繊維が束になって手足を動かしている人間の筋肉と同じ構造。これに空気を送り込むと、収縮運動によって手足の動きを再現できる。写真下は、細径人工筋肉を縦糸にして編んだ織布。研究室には裁縫のできる人間がいなかったため、近所に住む編み物が得意な主婦を技術員として雇用。織布のサンプルを製作してもらっている

鈴森康一
教授 博士(工学)
すずもり・こういち/1959年、石川県生まれ。90年、横浜国立大学大学院工学研究科博士課程修了。84年、株式会社 東芝に入社し、総合研究所(現研究開発センター)に勤務する。99年から2年間、財団法人マイクロマシンセンターに出向。2001年、岡山大学教授に就任。14年、東京工業大学教授に就任。

URL :
TRACKBACK URL :

コメント

*
*
* (公開されません)

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Return Top